ジャーナリストが追った孤高の画家の生涯
生前はほとんど評価されなかった異能の画家、田中一村(1908~77)。その名が人口に膾炙(かいしゃ)するようになったのは画家の没後、1984年にテレビ番組「日曜美術館」(NHK)で紹介されたのがきっかけだった。日本画家・大矢黄鶴の次男として生まれ、多くの美術書を編集してきた経歴を持つ著者もまた、同番組を通じて一村の世界に魅せられた鑑賞者のひとりである。ただし一村にかける情熱は並大抵のものではなかった。作品集の編纂のため画家が晩年を過ごした奄美に飛び、生前の様子を知る関係者を取材。以降、33年の長きにわたって一村の足跡と残した作品を追い続けることになる。本書は『南海日日新聞』での連載をもとに構成された、長年の一村研究の集大成だ。
著者自身が長くジャーナリズムの世界に関わっていたせいもあってか、本書はいわゆるアカデミックな作家研究とは体裁を異にする。特筆すべきは、新出の作品があればどこへでも馳せ参じ、画家のゆかりの地と作風の変遷を精査する体当たりの取材力だ。わずか2ヶ月で東京美術学校を退学した独学の画家・一村がどのような画人に倣って南画のスタイルをものにしたのか、あるいは「新しい日本画」が標榜される戦後の風潮のなかで写実をもとにした日本画へと向かっていく過程をどうとらえるべきか。一般に広く知られる奄美時代だけでなく、青年期、千葉時代の活動に多くの紙幅を割いているのもこれまでの一村研究には見られない特色だ。
奄美時代の作品については、一村が取り組んだ「墨画の近代化」というテーマから切り込み、単純な明るさだけでは語り尽くせない、墨の五彩を活かした自然描写に画家の技量を見出している。現地取材を重ね、土地の気候、植生、光を体感し尽くした立場だからこそ直観される作品の相貌というものがあるのだろう。
父・黄鶴の思い出を引き合いに出しながら画家の心構えに思いをはせるなど、一村の歩みを追跡する長い旅路は迂回も多く含む。この迂回もまた、アカデミックな研究論文には見られない妙味である。「売り絵は描かなかった」とされる一村がじつは絵を売る努力をひそかに重ねていたり、孤高の画家のようでいて周りの人々に気遣いを見せていたことなど、思いもかけない画家の姿が描き出されるのである。
一村は画壇から距離を置いて奄美に隠遁したアウトサイダーでもあったが、画業の全貌を見渡せば、時に時流や生活にもまれながら自己の道を確立しようとした暗闘の形跡が見えてくる。画家としての一村がより身近に感じられる評伝として、重宝したい一冊である。