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2021.3.10

定義することなく、多義的であること 布施琳太郎評「サイバーフェミニズム・インデックス」展

本展は、デザイナー/研究者のミンディ・セウとニューミュージアムの共同によって開催されているオンライン展覧会。1990年以降のサイバーフェミニズムのプロジェクト、ソース、参考文献をひとつのサイト上に収集・引用し、展示する。昨今のオンライン展覧会・アーカイヴにおいて、われわれはどのような態度が必要とされるのか。本展を通し、アーティストの布施琳太郎が論じる。

布施琳太郎=文

「サイバーフェミニズム・インデックス」展ウェブページのスクリーンショット
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サイバーフェミニズムにおける歴史のfeed⇆back

 この1年余りに行われた無数のオンライン展のなかで、特別に語るべきものがどれだけあるだろうか? 「Google Art & Culture」のハイクオリティで膨大なデータベースの存在感が増し、世界各国のミュージアムや文化施設がこれを用いた。その結果として、オンライン上のアーカイヴとキュレーションの技法は画一化の一途を辿たどっているように思えてならない。

 しかしいくつかの展覧会は、新型コロナウイルスによってもたらされた状況を好機として利用しようとした。例えばルクセンブルクのジャン大公現代美術館(MUDAM)が行ったコレクション展「Me, Family」(2020)は、シンディ・シャーマンによってInstagramに投稿され続けるセルフィーを、ネット・アートを代表する作家であるオリア・リアリナの《Self-Portrait》(2018)などと併置するとともに、ウェブサイトの設計に対しても意欲的な挑戦をしている(*1)。またエヴァ&フランコ・マッテスによってキュレーションされたエレバン・ビエンナーレ「時は乱れて」(2020)は、インターネット上で開催されていながら、接続経路を匿名化するウェブブラウザ「Tor」によってのみアクセス可能であるという不自由さによって、どこに行っても名前や連絡先を記入することを求められる今日の状況において特異な位置を得た(*2)。あるいは、新型コロナウイルスを受けて開催中止となった「札幌国際芸術祭2020」(SIAF2020)は想定されていた仕方で作品を見せることは叶わなかったが、アーティストへのインタビューや音声ガイドのオンライン公開などを通じて、開かれなかった展覧会への想像力をひろげるための努力を行っている(*3)。

 こうして美術館のコレクションや芸術の歴史、それぞれが置かれた状況を批評的に再構成し、その公共性を再定義するような意欲的な試みがいくつか行われてきたのも事実だ。そうしたなかでも格別の注意を払わなくてはならない展覧会がある。それが「サイバーフェミニズム・インデックス」(*4)だ。

「サイバーフェミニズム・インデックス」展ウェブページのスクリーンショット

 これはニューミュージアムによって行われているオンライン展覧会のシリーズ「First Look:New Art Online」(*5)のひとつとして開催されたもので、1991年生まれのアメリカ在住の研究者/デザイナーのミンディー・セウを中心に制作された。90年代から今日に至るまでのインターネットと芸術や人文科学、フェミニズム運動が交差する無数の事例を通じてサイバーフェミニズムを拡張的に紹介するだけでなく、現在も世界中で開催され続けている数多のオンライン展に対する批評的実践としても成立するプロジェクトだ。

 もちろん筆者は、どのようなフェミニズム運動にとっても当事者ではない。しかしそれでも、このインデックスが日本語を中心に用いるアートの領域で周知されないことが、重大な損失となる可能性を考えて、ここに紹介させていただきたい。

 セウによれば、サイバーとフェミニズムを組み合わせることは「1980年代のサイエンスフィクションに登場するサイバーベイブやフェムボットに対する批判かつ挑発であり、撞着語法としての意味を持っていた」(*6)という。彼女いわく、「この用語は自己反省的なのです。テクノロジーはサイバーフェミニズムの対象であるだけでなく、その伝達手段でもあります」。こうして性的な表象として女性を用いるサイバー(パンク?)と、これに相反するフェミニズムという語を接続したサイバーフェミニズムは、90年代において論争の場となった。そしてこのインデックスは、その歴史を鑑賞者とともに編集し、再構成する。

 まずインデックスの制作は、誰もがアクセスできるGoogleスプレッドシートの形式で行われた。そして最終的にも、アクセスして最初に表示されるページは時系列で事例を並べて紹介するものであり、スプレッドシートのようなシンプルなデザインがなされた。しかし、ウェブサイトの上部のタブをクリックすると「cyberfeminism index」「about」「images」「collections」「search」がプルダウンする。このインデックスの概要を紹介する「about」の本文に登場する固有名は各種の事例へのリンクとなっており、はたまた「images」を選択すると各事例のサムネイル画像が画面に並び、そして「collections」は複数のコラボレーターによる事例のキュレーションだ。このインデックスは時系列で事例を羅列するにとどまらず、ノンリニアで多層的な歴史のなかにサイバーフェミニズムがあることを体現する。また、この入り組んだ轍のようなウェブサイトのなかでそれぞれの事例をクリックすると、自分が閲覧したものがサイドパネルにリストアップされ、あなただけの「サイバーフェミニズム・インデックス」をPDFとしてダウンロードすることもできる。

サイバーフェミニズム・インデックス」展ウェブページのスクリーンショット。
事例を選択すると、該当サイトに掲載されているテキスト、URLを表示。右にユーザーが閲覧した事例がリストアップされる
サイバーフェミニズム・インデックス」展ウェブページのスクリーンショット。
リストアップした事例がひとつのPDFにまとめられ、ダウンロード可能な状態となる

 セウは「インターネットはケーブルやサーバー、コンピュータのネットワークであるというだけでなく、村人たちによってかたちづくり、かたちづくられる環境なのです」と述べる。つねに現在進行形で未完成なこのプロジェクトにおいて、双方向的に開放された編集過程のなかで構築される歴史は、セウが(引用して)述べるところの「サバイバルとしてのシェア」(Share as survival)をインデックスとしてのウェブサイトによって成り立たせた。さらに個別の事例についての解説はセウの手で書かれたものではなく、そのすべてを引用によってまかなっている。それは彼女が意識する「引用の政治学」(Politics of citation)の可能性を実践のなかで探求すると同時に、サイバーフェミニズムを定義することなく、多義的であることそれ自体としてのサイバーフェミニズムを提示するための方法なのだ。

 このインデックスの設計と同時に、掲載されている個別の事例がとても興味深い。それらを知ることなしに、今後のオンライン展を行うことは難しいとすら思わされる。だがそれを掘り下げる余裕はここにはないし、僕の手で(テキストを介して/のなかで)無闇なキュレーションを加えることもできない。しかしまず明らかであるのは、インターネットやテクノロジーを悪戯に脱政治化することで成り立っている芸術実践(昨今のオンライン展)に対して、私たち(アーティスト、批評家、鑑賞者、あるいはスカベンジャー)が目を光らせなくてはならないことだ(*7)。そこで見えなくされた者がいないのか? 政治的な概念や技術を、漂白して用いてはいないか? 私たちは、考え、話し続けなくてはならない。もちろん失敗もあるだろうし、意図的な逸脱の価値は守られるべきだ。そのための思考の足場として、それぞれが匿名の個人となって歴史とフィードバックの関係をつくりながら、虚実のあわいで迷子にならないための役割を「サイバーフェミニズム・インデックス」は果たしてくれるだろう。

*1──“Me, Family” 2020(展示会場)https://mefamily.mudam.com/
*2── Eva & Franco Mattes Yerevan biennial "Time Out of Joint"  2020(開催概要)https://yerevanbiennial.org/time-out-joint
*3──「札幌国際芸術祭2020」特設サイトhttps://siaf.jp/siaf2020/
*4──Mindy Seu “Cyber Feminism Index”  2020(展示会場)https://cyberfeminismindex.com/
*5──Mindy Seu “Cyber Feminism Index”  2020(開催概要)https://www.newmuseum.org/exhibitions/view/first-look-cyberfeminism-index
*6──本稿における引用は、このインタビューからのものである。またサイバーベイブ(Cyberbabe)とはゲーム「トゥームレイダー」に登場するララ・クロフトように性的な魅力を強調された女性であり、フェムボット(Fembot)とは女性型のアンドロイドを意味するものだ。
Marie Hoejlund ”Sharing as Survival: Mindy Seu on the Cyberfeminism Index” Walker, Nov 9, 2020 (https://walkerart.org/magazine/sharing-as-survival-mindy-seu-cyberfeminism-index)、2021年3月3日閲覧。
*7──例えばアーティストのジョン・ラフマンはInstagramを通じてセクシュアル・ミスコンダクトを行ったとして告発された。彼はインターネット上のコミュニティやコンピュータゲームを介して構築された文化を参照しながら、作品制作を行ってきたアーティストであり、ポストインターネットを代表する作家として高い評価を受けてきた。2018年に彼はファッションブランドのバレンシアガとコラボレーションしたが、この問題の後でバレンシアガは、ラフマンにとっての中心的な主題であるコンピュータゲームを用いたショーを2020年にも行った。それが何を意味するのかを考える必要はあるだろう。
Sarah Bahr “Hirshhorn Suspends Jon Rafman Show After Allegations of Sexual Misconduct” NY Times, July 28, 2020(https://www.nytimes.com/2020/07/28/arts/design/hirshhorn-museum-jon-rafman.html )、2021年3月3日閲覧。
「バレンシアガ、近未来の服をゲームで発表」fashionsnap.com、2020年12月7日(https://www.fashionsnap.com/article/2020-12-07/balenciaga-21fall-game/)、2021年3月3日閲覧。