「加勢」は力なり マイノリティ同士の緩やかな連帯
「あ、“雲の人”がいる!」。ギャラリースペースに入った瞬間に目に飛び込んできたのは、ロングドレスに身を包み、「HOPE」と書かれたオールを握ってすっくと立つ、頭が雲のかたちをした背の高いフィギュア。見覚えがあった。東日本大震災からの復興を支援する祭典「Reborn-Art Festival 2017」で、古びた元ポルノ映画館「パール座」に展示されていたものだ。そのときは全裸の男性の姿だった人形に、今回アキラ・ザ・ハスラーはドレスを着せた。
アキラ・ザ・ハスラーとチョン・ユギョンによる2人展「パレードへようこそ」は、以前から交流のあるふたりが、アキラがゲイでありチョンが在日コリアンであること、すなわちそれぞれがマイノリティ・グループに属するという共通項を手掛かりにして企画された展覧会である。アキラは大小の「雲の人」の立体と版画、デモの記録ビデオ(*)を、チョンは絵画を展示した。
1990年代の京都市立芸術大学の学生時代からAPP(エイズ・ポスター・プロジェクト)の活動などを通してアクティビストとして存在感を示してきたアキラと、美学的あるいは絵画史において自身の制作がどのような意味と強度を持ちうるかを考えてきたチョンは、その表現も制作態度も対照的だ。
アキラの表現にはつねに「抵抗」「共有」「連帯」という社会的メッセージが感じられる。「雲の人」が着たドレスは、じつは2015年8月30日の国会議事堂前デモにつながっている。安全保障関連法案反対のメッセージとして「安倍やめろ!」と書いた横断幕を、再制作してドレスに仕立てたのだ。デモの際には800個の白と黒の風船で横断幕を吊って空に上げ、集まった群衆を盛り上げた。この仕掛けは、1991年のニューヨークで起こったエイズ・アクティビストたちによるデモへのオマージュだった。グランドセントラル・ステーションを占拠した人々は「戦争ではなくエイズにお金を」と書かれた横断幕を大量のピンクの風船で吊り、上空に放ったのである。石巻の人々の側に立った「雲の人」は東京に現れ、90年代のニューヨークのクィアのスピリットを伝えつつ、ドラァグクイーンとしてラディカルなメッセージを身にまとったのだ。
アキラは2011年の東日本大震災をきっかけに、原発反対のデモを中心に様々なデモ活動に参加してきた。彼は、デモが終わると参加者がそれぞれの場所へ散っていく姿が印象に残ったという。目的のために集まって集団となり、また個人へと戻っていく感覚に好感を持った。そしてその様子から「雲」を連想した友人との会話から、「雲の人」のイメージが生まれたのだ。
いっぽう、絵画のあり方について問題意識を持つチョンは、3Dを2Dで表現するという絵画独特のイリュージョンに言及する。チョンの絵画の特徴のひとつであるドット模様は、北朝鮮のプラパガンダポスターをフォトショップで加工したものだ。印刷されたイメージを読み取るためには、ドットの集積を俯瞰することが必要だが、距離が近すぎると、もはやかたちも風景もわからなくなる。さらに絵画に描かれたハングル文字が謎を深めている。グラフィックとしてデザイン化された文字は美しく整えられ、その意味がわからない人にとっては「クール」に映る。だがハングルを解する人にとっては、「勝利」「前へ!」「決死護衛」といった描かれた言葉に、極めてポリティカルなトーンを感じるはずだ。この北朝鮮を思い起こさせる言葉の使い方に、周囲の韓国人は苦笑いしながら戸惑いを見せていたとチョンは語るが、彼らにとっては自然なリアクションなのだろう。
在日コリアン3世として朝鮮学校と朝鮮大学で学び、現在は韓国を拠点とするチョンならではのユニークなスタンスがここにはある。北朝鮮のプロパガンダ的な表現を知りつつも実感はなく、韓国に暮らす韓国人のように身に迫る南北対立を経験することもなく、在日コリアンとしての距離感を保ちながら軽やかにプロパガンダをも遊んでしまう、そんな自由が彼の絵画からは感じられる。物理的なプロセスと同様に、独特の心理的な「距離感」もまたチョンの絵画の特徴だ。スーパーフラット的な絵具とドットの使い方、ストイックな絵画への姿勢には、以前働いていたカイカイキキのスタジオでの影響が現れている。現在はイ・ブルのスタジオで働いているというから、インスタレーションの技術や韓国のポリティカルなテーマに触れ、作品もさらに発展していくことだろう。ハイブリッドとしての在日コリアンの視点を生かしたチョンのこれからの表現が楽しみだ。
今回の展覧会タイトル「パレードへようこそ」は、同名の映画のタイトル(原題『Pride』、マシュー・ウォーチャス監督、2014年)から取られている。アキラとチョンはともにファンであるこの映画について、会うたびに語り合ってきたのだという。実話をもとにした映画の舞台は1984年のイギリス。低迷する経済を背景に合理化、民営化を断行していったサッチャー政権によって、炭鉱夫たちは圧力を受け、各地でストライキが起こっていた。そんな彼らを応援するべく、レズビアン・ゲイの団体が募金活動し、炭鉱夫を支援しようと試みる。保守的な炭鉱夫たちに最初は拒絶されながらも、次第に両者の友情が深まっていく。ストは最終的に失敗に終わるが、翌年のゲイ・プライド・パレードの際に、炭鉱夫の団体が全国からロンドンに集まり、パレードの先頭に立つシーンで物語は終わる。
アキラは、在特会による在日コリアンへのヘイトスピーチに憤りを感じ、それに対するカウンターのデモにしばしば加わった。在特会のあまりにも口汚い罵りを聞いたとき、在日コリアン当事者は聞かないほうがいいと感じたという。アキラ自身が同性愛嫌悪に対する抗議中に、耳元で「ゲイは死ね」と言われた経験があるからだ。身体も心も凍りついて、しばらく反応ができなかったのだという。
「加勢」するという態度が好きだとアキラは語る。マイノリティ当事者だけが問題に対峙すると辛くなりすぎるとき、別の人たちが加勢する。ロンドンのゲイやレズビアンが炭鉱夫を助けたように。他人が怒ってくれる、悲しんでくれることで救われる感覚は自分にも思い当たる。女性差別が甚だしい日本社会において、男性が「おかしい、変だ」と声を上げてくれることは大きな力となる。
他人事とせず、助っ人として加勢すること。性的マイノリティや在日コリアン、女性、障害者などへの差別に対して、属性の異なる多様な人々が加勢しあって怒り、意志を表明し、抵抗していくことには希望がある。たとえ目的が失敗しても助け合ったこと、気持ちを共有したことは救いになる。アキラのそのようなアイデアと優しさに触れて、私自身の心が温かく、軽くなるのを感じた。
*――映画『STANDARD』(平野太一監督、2018年)のトレイラー映像。
◎本稿は、筆者によるチョン・ユギョンへのインタビュー(2019年6月17日)、アキラ・ザ・ハスラーへのインタビュー(2019年6月20日)をもとに執筆した。