「YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」展(国立新美術館)開幕レポート。30年の時を経て届く混迷の現代のためのメッセージ【3/4ページ】

 「世界を変えた90s 英国アート」という副題について、テート美術館のコレクション部門ディレクター、グレゴール・ミューアは、1990年代の英国美術の特徴として「現代美術の中心はニューヨークだけではないということを世界に示した」点をまず挙げる。それは同時に、「現代美術が新しい観客を獲得し、未来を切り拓く可能性を持っていることを実証した出来事だった」という。

 1990年代半ばには商業ギャラリーが次々と誕生し、英国美術は国際的な注目を一気に集めていった。その流れがひとつの頂点を迎えたのが、2000年のテート・モダン開館である。開館初年度に約500万人を動員した同館は、その後、世界各地の美術館やキュレーターにとって一種のモデルとなった。

第5章「家という個人的空間」の展示風景より、左からグレイソン・ペリー《私の神々》(1994)、スティーヴン・ピピン《コインランドリー=ロコモーション(スーツ姿で歩く)》(1997)

 ミューアは、YBAという現象自体はやがて収束したとしつつも、「YBAがなければ、テート・モダンの成功はあり得なかった」と語り、それが現代美術を社会へ広く届けるための「踏み石」であり、「地図」や「マニュアル」を提示した存在だったと捉えている。

 ヘレン・リトルもまた、この世代のアーティストたちが果たした役割について、「現代美術を可視化し、アクセス可能なものにし、社会的な議論の中心に据え続けたことこそが、彼らが世界を変えた理由だ」と強調する。かつては反体制的と見なされていた作家たちが、いまやもっとも評価され、称賛される存在となっている。その「循環」そのものが変化を生み出す力であり、「周縁的な立場にあったからこそ、あれほど大きな転換を起こすことができたのだ」と語る。

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 またミューアは、本展を「いま」の社会と結びつけて考える視点として、1990年代がSNS以前、スマートフォン以前の時代だった点を挙げる。「この時代の作品には、いわばDIY的な美学が色濃く刻まれている」と彼は指摘し、それを「ポストパンクの精神とも重なるもの」と表現する。「手に入る手段を最大限に活用し、自分たちのやり方で表現を切り開いていった。潤沢な資金やリソースがなくても、良いアイデアがあれば何かを生み出せるという確信が、作品群から立ち上がってくる」という。

 そうした文脈から、ミューアは若い観客やクリエイターに向けて、「1990年代ロンドンに漂っていた、何かを止めるものが何もなかったような、ある種の自由さ」を感じ取ってほしいと語る。今日では地位が確立された作家たちも、当時は20代から30代前半で、「将来の保証も、収入の見通しもないなかで、ひとつのクレイジーなプロジェクトにすべてを賭けることができた」世代だった。重要なのは環境ではなく、アイデアと物語。その感覚を、次の世代が「制約に押しとどめられないための火種」として持ち帰ることを、彼は期待している。

編集部