第3章では、2度目・3度目の留学を通じて、写実表現をさらに深化させていく鹿子木の姿が提示される。ローランスの直接指導を継続的に受けながら油彩写生の技術を磨き、サロン入選や受賞を重ねた鹿子木は、国際的な評価も獲得していった。

《ノルマンディーの浜》(1907)は、着衣人物の群像表現を課題とし、漁夫一家の日常を描いた作品で、1908年春のサロン入選作である。帰国後の第2回文展にも出品され、日本近代洋画史における重要作と位置づけられている。
最終章では、鹿子木の晩年の制作に焦点を当て、写実を基盤としながら精神性や象徴性を帯びた表現へと展開していく過程が示される。第3次留学で出会った象徴主義の影響は、対象の外形のみならず、その内奥に潜む観念や存在感を捉えようとする姿勢として現れていく。

《木の幹》は、写実的な描写を保ちながらも、青空との対比によって一本の幹の存在感を際立たせ、対象の本質に迫ろうとする試みが見て取れる作品である。また、本展のキービジュアルとなっている《婦人像》では、人物のみならず背景となる室内の描写も丁寧に描き込まれ、たんなる肖像画を超えて、女性の内面や当時の生活様式を想起させる。

本展では、鹿子木の画業だけでなく、彼を支えたパトロンとの関係にも光が当てられている。1900年に渡欧を決意した鹿子木は、住友家15代当主・住友春翠の支援を受けてパリでの留学を継続。その返礼として、鹿子木は師ローランスの作品や、自作・模写作品を住友家に紹介・提供した。
会場では、鹿子木が仲介し住友家にもたらした師ローランスの《マルソー将軍の遺体の前のオーストリアの参謀たち》(1877)が紹介されており、師弟関係とパトロン・住友家との結びつきを象徴する存在ともいえる。

本展は、たんなる周年記念にとどまらず、近代洋画の評価軸を問い直す契機ともなる。改めて鹿子木孟郎の絵と向き合うことで、描かれた対象の静けさのなかに潜む、時代や命の脈動に気づかされるだろう。



















