第2章「みんなのおじさん」では、「おじさん」を通して見えてくる、浮世絵師たちの個性に着目する。本章の目的について、渡邉は次のように説明する。「浮世絵は当時の流行が反映されるものだが、脇役である『おじさん』に関しては、どこか流行りの画風に左右されず、描き手の力も抜けており、絵師の個性がよく現れているといえる。絵師本来の個性が反映されている『おじさん』を通して、絵師の個性を再発見してもらえれば」。
例えば北斎は《諸国瀧廻り 木曽海道小野ノ瀑布》(1834、天保5頃)のような壮大な風景のなかに、たしかなデッサン力にもとづく存在感のある「おじさん」を表している。また歌川国芳は得意な細部描写によって、《東都名所 かすみが関》(1832〜33、天保3〜4)のように、生き生きとした「おじさん」を片隅に配している。





















