東京・神宮前の太田記念美術館で始まった「深掘り! 浮世絵の見方」(12月1日〜24日)は、浮世絵専門美術館ならではの、浮世絵の見方にフォーカスした企画展だ。担当学芸員は日野原健司。
浮世絵は、絵師、彫師、摺師らの協業によって生まれるもの。それぞれの卓越したテクニックを知ることで、作品をより深く堪能することができるジャンルだ。本展は、初歩的な視点からマニアックな視点まで、様々な浮世絵の見方が提示されている。
展覧会は、浮世絵のなかでもとくに著名な、葛飾北斎の《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》から始まる。
この名作でまず目に浮かぶのがダイナミックな波の表現だろう。本展では、北斎以外の絵師たちによる様々な波の表現も展示。《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》以前・以後の作品と波の表現を見比べることで、同作の影響がいかに大きかったかが示されている。
《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》は8つの色を摺り重ねることで完成するが、現在その版木は残っていない。ここでは、アダチ版画研究所の現代の職人が手彫りした版木を展示することで、その制作過程がより深く理解できるようになっている。浮世絵では1つの色に1枚の版木を使うのが基本だが、同作では離れた色は1枚の板木にまとめるなと、最低限の版木で済むような工夫がなされているという。
また波の青にも注目だ。使用されているのは、18世紀初頭のベルリンで人工的につくられた合成顔料「ベロ藍」。北斎は水に溶けやすく濃淡を出しやすいこのベロ藍を使用し、色鮮やかな波を実現させた。いっぽう、ベロ藍以前の露草や本藍を使用した他の絵師の作品はどうだろうか。見比べることで、同じ「青」でもその違いがはっきりとわかるはずだ。
本展では貴重な作品も展示されている。それが版下絵だ。そもそも浮世絵版画はどのようにつくられるのか? 版画は絵師が下絵(ラフ)を描き、それを清書した版下絵(決定稿)を木の板に貼り付け、紙ごと彫るのが通常だ。そのため版下絵はほとんど残っていないが、本展では、なんらかの理由で残された歌川国芳や歌川国貞・二代歌川国綱の版下絵を展示。版画よりもさらに絵師の息づかいがダイレクトに感じられることだろう。
本展では浮世絵版画の「線」も主役だ。木板を彫るなかで、線を彫る技術があってこそ浮世絵版画の美しさは際立つ。なかでも技量が試されるのが、「毛割(けわり)」という髪の毛の生え際の部分だ。例えば歌川国貞(三代豊国)《東海道五十三次之内 白須賀 猫塚》は1ミリ幅のなかに3本程度の髪の毛(それも長い髪の毛)が彫られており、非常に高い技術が見て取れる。ぜひ会場で目を凝らしてほしい。執拗なまでにこだわり抜いて彫られた毛割からは、当時の美意識が伺える。
このほか、5ミリのなかに画数の多い漢字と振り仮名までも彫り込んだ歌川国芳の《太平記英雄伝》や、角度の異なる2種類の雨の線を描いた歌川広重の名作《名所江戸八景 大はしあたけの夕立》など、多様な線表現を味わいたい。
浮世絵版画は最初に200枚程度を摺る。また多いときでは7000枚もの摺りが重ねられた記録もあるという。その摺りの早い遅いによって、雨の線、空の色、色の版のズレなど、表情が大きく変わるものもある。会場では、こうした摺りの違いを比較するという楽しみ方も提示されている。
浮世絵を鑑賞すると、そこに様々な文字や判子が込めらていることに気づくだろう。本展では、それを読み解く方法も紹介されている。題名や絵師、彫師のサインのみならず、版元印、出版許可の判子である「改印(あたらめいん)」、所蔵者が押した所蔵印など、様々な意味をもって描かれた文字を読み解く楽しさを味わってほしい。
浮世絵を構成する様々な要素を分解し、様々な角度から楽しめるこの展覧会。浮世絵ファンはもちろんのこと、これから浮世絵を学んでみたいという方にもおすすめしたい。