東山エリア
大町市街地の東側にある東山エリアは、八坂・美麻地区など人々の昔ながらの営みを色濃く残す集落が点在しており、人々の生活空間のなかで作品が展開されている。
身近な自然や気候に関心を寄せ、ガラスを素材に作品を展開する佐々木類は、江戸時代初めの1698年に母屋が建てられた国指定の重要文化財、旧中村家で《記憶の眠り》を展開。本宅のある美麻地区は麻の生産地として重用されてきた歴史があり、佐々木は麻を素材にインスタレーションを屋内外で展開。自身の作品によって記憶を掘り起こすことを試みた。
厩ではガラスのあいだに植物を挟んで焼成した作品を展示。ガラス内にはこの土地で採取した植物が灰になって残っており、またガラスは黒部ダムの建設事務所として使われた建物で使用されていたものを使うことで、土地の歴史を感じさせるレイヤーをつくりあげている。
ソン・ミンジョンは美麻の二重地区にある屋内ゲートボール場で作品を展開。台風で倒れかかった木を焦がし、発泡スチロールと組み合わせた《黒い跡》を制作。本作は雪の上に樹が倒れたようにも、雪を熱をもった樹が溶かしたようにも見えるが、ソンは、近年メディアを通じて多く目にする山火事を、より生々しく私的なものとしてとらえてほしいと考えて本作を制作した。
発泡スチロールという工業的な素材を使用しつつ、床が砂という室内ゲートボール場の特性を生かし、自然を擬似的に演出。山火事の遠因である地球温暖化も含めて、自然と人間との関係によってもとらえる思考を素材においても機能させている。
イギリスのアーティスト、イアン・ケアは仁科神明宮の奥にる森で《相阿弥プロジェクト モノクローム―大町》 を展示。黒い水性塗料を塗った、水墨画を連想させる20メートル超えの大型絵画を森の中に吊り下げることで、針葉樹林の中に黒いフレームを出現させた。
作中に空いた穴は風を逃がすためのものであると同時に、本作が森の空気とともに存在することを印象づける。風で布が揺れて時折木を叩くと森には大きな音が響く。西洋人であるケアが、風景をいかにとらえたのか、ぜひ現地で感じてもらいたい。
かつて大町市と八坂村をつなぐルートとして明治時代に開削された旧相川トンネル。ここでは南アフリカのアーティスト、ルデル・モーが古くから日本の土壁に使われてきた工法を探求しつつ、地元の素材である竹や土を使い巨大なレリーフ《Folding》を制作した。
場所の記憶や象徴性をテーマにしているというモー。目覚めと眠りの中間的なスペースとして、モチーフとなっているのは人間や動物の流れるようなイメージであり、生と死の循環、夢と覚醒といった、狭間にある要素をトンネルという中間的な存在において表現している。