アラブ首長国連邦(UAE)の首都・アブダビ。アラビア湾に面したこの港湾都市の北端に位置するサディヤット島は、文化地区として様々なプロジェクトが進んでおり、美術館、博物館、教育・文化施設の建設が揃うことで世界有数のグローバルな文化的中心地となることが期待されている。
現在もフランク・ゲーリー設計のグッゲンハイム・アブダビや、フォスター+パートナーズ設計のザイード国立博物館、そしてチームラボによる「teamLab Phenomena Abu Dhabi」といった文化施設の建設が進むサディヤット文化地区だが、その先陣をきって2017年にオープンしたのが「ルーヴル・アブダビ」だ。
本施設はルーヴル美術館の別館として、600点の所蔵作品に加えて、パリのルーヴル美術館をはじめとするフランス国内13の美術館・博物館から貸し出された300点が展示されている。アラブ世界のユニバーサル・ミュージアムとして開館しており、異文化を融合させる場としても機能している。設計はフランスの建築家、ジャン・ヌーヴェルが担当した。
圧倒的なスケールの建築
まず、目を引くのはその特徴的な建築だ。約8000個のメタル製のパーツで構成された直系180メートルのドームが全体を覆っており、外部から見ても強い印象を残す。来場者は展示室から、このドームに覆われた屋外空間へと出ることができ建築のダイナミズムを体感することができる。
アブダビを象徴する植物であるヤシの木漏れ日をイメージしたという天井のパーツのあいだからは、直接自然光が降り注ぐ。年間を通して雨がほとんど降らない同地ならではのデザインといえる。ドームの内部には海と直接つながった入江があり、海中へと降りていくかのように設置された階段では、人々が思い思いの時間を過ごしていた。海からの風が空間へと吹き込むので、空調がなくとも快適な気温が維持されていることも特徴となっている。
ドーム内部に立ち並ぶような展示室の建築は、白壁の建物が並ぶイスラム教の聖地・メディナの町並みをイメージしたものだ。この建物のなかに設置されているのが、社会システムに対して様々な投げかけを行ってきたジェニー・ホルツァーによる巨大な石のレリーフ《For the Louvre Abu Dhabi》(2017)だ。
大理石でできた本作には、約4000年前にメソポタミア人によって創造された神話が、シュメール語とアッカド語のテキストで彫られている。文明の始まりとそこにあった異文化の交流を、本館を訪れる人々に伝える象徴的なモニュメントだ。
人類の歴史をたどる展示室
「ルーヴル・アブダビ」の常設展示は、全12章によって人類がこれまで表現してきたものを年代順に紹介し、人類の歴史を展観するものとなっている。展示室には各国、各時代から集められた貴重な人類の財産が並ぶ。
自然光が上空から降り注ぐ最初の展示室は「Grand Vestibule(大前庭)」と名づけられており、本美術館がテーマとする、人類の社会的、知的、技術的交流の歴史を第1章として要約し紹介している。床には海図からインスピレーションを得たという文様が描かれ、紀元前から近世にいたるまで人類の表現の多様な姿を象徴する美術品が並んでいる。
第2章では、世界4大文明を始めとする各国の文明の始まりをいまに伝える文物が並ぶ。古代メソポタミアの石碑や人物像、古代エジプトの権力者の棺桶やスフィンクス像など、当時の文明の高度な技術力を感じることができるだろう。
第3章は、アッシリア、ペルシア、ギリシャ、ローマ、漢といった、紀元前1000年頃より出現した巨大な帝国や都市国家の遺産に焦点を当てる。なかでもアテネやローマ帝国の時代につくられた神々の像は、現在の西洋美術の基盤ともいえるものであり、改めて参照する価値が大いにあるものだ。
また、第4章は世界的な宗教の成立について扱う。ユダヤ教とキリスト教、仏教、イスラム教といった現代においても世界各地に根づいている宗教がつくり出してきた神々の像や宗教的文様を展示。また、ヒンドゥー教、儒教と道教といったアジア圏の宗教や、アフリカ大陸におけるアニミズムなども幅広く紹介されている。
第5章でテーマとなるのは、文化や宗教を交流させたシルクロードをはじめとするネットワークだ。7世紀以降、中国で発明された磁器、火薬、紙、印刷文字は、綿の貿易ルートに乗って世界中に広がっていった。アブダビもまた、その交易ルートにおける中継地点として発展してきた歴史がある。ここでは当時の文化交流をいまに伝える品々を見ることができる。
第6章は11世紀以降の中世の地中海を中心に起こった、ビザンツ帝国、イスラム世界、ヨーロッパのキリスト教圏における交流と衝突を扱っている。こうした競争はやがて15世紀末からの大航海時代の基盤をつくっていった。
第7章は16世紀から18世紀にかけての流通と、それによって生まれた様々な技術と美術を紹介。未知の場所に赴き、帝国が征服政策を行ったこの時代の文化交流は、新たな表現を生む源泉ともなっていた。
第8章と9章は帝国主義的政策を行う巨大国家の繁栄とともに、商業の発展と高度化によって権力が王権から市民階級へと降りてきた時代について紹介。啓蒙的な絵画などからは、現代に通じる人間に対しての価値観が育まれたことをよく表している。
近現代美術の潤沢なコレクション
第10章は近代の様々な表現を紹介している。この章の白眉はエドゥアール・マネ、クロード・モネ、ポール・ゴーガンといった印象派の画家たちの作品だろう。19世紀から20世紀のパリで生まれたこれらの芸術は、現代美術にいたる潮流を知るうえでも重要だ。
第11章は2つの世界大戦を経て、グローバリゼーションが世界を覆い尽くした20世紀という時代を、近現代の美術作品を中心に紐解く。ピート・モンドリアン、パブロ・ピカソ、イヴ・クライン、ピエール・スーラージュ、ジャン・ティンゲリー、白髪一雄といった先鋭的な作品を制作したアーティストたちの作品が並ぶ。
最後となる第12章は、同館のコレクションの総まとめともいえる章となっている。展示室に展示されているのは、4000年以上前のアラビアの羊飼いたちが残した岩壁の彫刻と、サイ・トゥオンブリーの9枚の絵画だ。岩の表面を削ることで自分の存在を示そうとする原初的な衝動と、現代美術における身体と不可分なドローイングが同居するこの空間は、ここまでの展示室の数々の作品を通じて見てきた人類の歴史に通底するものを表現しているようだ。人類の原初にして、いまなお受け継がれているものは何か。何が残り、何を失ったのか。本美術館の根本にあるメッセージを感じさせる展示室だ。
これからの子供たちのための美術館として
最後に、「ルーヴル・アブダビ」のなかに設置された就学前や小学校低学年程度の子供に向けたミュージアム「Children's Museum(子供美術館)」を紹介しておきたい。
UAEは現在、自国の人工衛星や火星探査機を打ち上げて運用しており、また昨年には同国初の宇宙飛行士2人を国際宇宙ステーションへと送り出した。このような同国の宇宙開発に積極的な姿勢は、ここ「Children's Museum」にも表れている。
このミュージアムは「地球」「宇宙ステーション」「火星」をテーマにした部屋に分かれている。「地球」ではこれまでの宇宙開発の歴史や、宇宙をテーマにした作品を展示し、長く人類が宇宙について思いを巡らせていたことを教えている。
「宇宙ステーション」では実際の宇宙ステーションでの生活や、宇宙空間で起こる現象、隕石などを展示。そして「火星」は、子供たちがのびのびと遊ぶことができる、火星の大地をイメージしたプレイルームだ。
人類共有の遺産を、ここ中東において広く展示する場所として機能している「ルーヴル・アブダビ」。躍進目覚ましいこの都市において、歴史を伝え、未来を志向する場所として機能している。これからも、その魅力的な建築とともに、広く世界の人々を集める場所となるだろう。