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「アート」はサウジアラビアの次世代の可能性を広げるか。「ヌール・リヤド 2022」レポート(後編)

サウジアラビアの首都・リヤドでアートフェスティバル「NOOR RIYADH 2022(ヌール・リヤド 2022)」が開幕した。発展著しいリヤド各所を舞台とするこの芸術祭。後編では砂漠や公園といった立地の、よりランドスケープを活かした作品を紹介するとともに、生まれたてのアートフェスティバルであるがゆえの課題や未来への展望について考察したい。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」編集部)

リアド近郊の砂漠に展示されたクリストファー・バウダー《AXION》(2022)

 サウジアラビアの首都・リヤドでアートフェスティバル「NOOR RIYADH 2022(ヌール・リヤド 2022)」が開催されている。前編に続く後編は砂漠や公園といった場所での屋外展示を紹介するとともに、本芸術祭がサウジアラビアに与えるものについて考察する。

リヤド近郊の砂漠

 サウジアラビアの国土を象徴する存在である砂漠。アラビア半島の大部分を締めるアラビア砂漠は、リアド中心部から30分も車を走らせれば、その荒涼とした姿を現す。リアドの若い層や家族連れは週末になると連れ立ってこの砂漠へと出かけて夜のキャンプを楽しむなど、砂漠は市民の生活と密接に関わる存在だ。

 「ヌール・リヤド2022」では、この近郊の砂漠にも作品が設置される。いずれも夜間に鑑賞することを目的としており、会期中はレジャースポットとして人気を集めそうだ。

 ドイツのアーティスト、クリストファー・バウダー(Christopher Bauder)による《AXION》(2022)は、ピラミッド型を組み合わせた巨大な構造物で、砂漠の闇の中に煌々とした光を放つ。「AXION」とは架空の素粒子だそうで、バウダーはこの素粒子を利用して宇宙を探索する装置として本作をつくりあげた。この作品の中央部に足を踏み入れた鑑賞者は、光り輝く外装とはうってかわった闇と対峙することになる。

展示風景より、クリストファー・バウダー《AXION》(2022)

 オープニング・イベントとして、本作の前でブルガリア人DJ・KiNKが深夜のライブパフォーマンスを行った。本作の前で大音量のハウスミュージックを流し、その前で大勢の人々が踊るというこのイベントは、砂漠という土地が表現の場として様々な可能性を秘めていることを示唆するものだった。こうしたイベントが政府公認のもとで行われるというのは、かつてのサウジでは考えられないことであり、国が変革していることを象徴するイベントだと言える。

クリストファー・バウダー《AXION》(2022)の前でライブパフォーマンスをするKiNK

 《AXION》から数百メートル離れた場所には、ベルギーのアルネ・クインゼ(Arne Quinze)による、高さ16メートル、幅40 メートルの巨大な立体作品《OASIS》(2022)がある。砂漠の中で生命を育み多様性をもたらす場所としてのオアシスを作品で体現した本作は、静かにその色を変化させながら電子音を発し続ける。どこまでも続く砂漠をゆっくりと移動していきそうな有機的な存在感を放っている。

展示風景より、アルネ・クインゼ《OASIS》(2022)

King Abdullah Park

 リヤド市街中心部の少し南側にある大型の公園「King Abdullah Park」。入場料が必要だが、夜は家族連れや子供連れで賑わう公園だ。この公園も、ヌール・リヤドの作品発表の場となっている。

 この場所で定期的に上演されるのが、ドローンを使ったマーク・ブリックマン(Marc Brickman)の作品《THE ORDER OF CHAOS: CHAOS IN ORDER》(2022)だ。本作で使用されるドローンの数は2000機。公園の上空で点灯しながら、無数の光の点が有機的なかたちを次々につくりだす。この規模でのドローンパフォーマンスを実現できることに、本フェスティバルの予算規模の大きさが伺える。

展示風景より、マーク・ブリックマン《THE ORDER OF CHAOS: CHAOS IN ORDER》(2022)  提供=ヌール・リヤド2022事務局

 イタリアのアート・コレクティヴ、クワイエット・アンサンブル(Quiet Ensemble)による《VERTICAL HORIZON》は、地面にモニターが突き刺さったような形状が印象的だ。本作は24時間、リアルタイムで他国にある同様の作品とつながっており、カメラとオープンマイクで作品の前で鑑賞する人々を相互に映し出す。

展示風景より、クワイエット・アンサンブル《VERTICAL HORIZON》(2022)

 フランスのアーティスト、ブルーノ・リベイロ(Bruno Ribeiro)は、インタラクティブなインスタレーション《VIBRANCE》(2022)を制作。ひとりの観客がマイクに向かって発した声をプログラムが自動で音響に変換。さらに観客の動きをトラッキングし、モニター上で様々なエフェクトとともに上演する。作家によれば、これは音と光が鑑賞者の行動によって自在に変化する彫刻だという。

展示風景より、ブルーノ・リベイロ《VIBRANCE》(2022

 ローマン・ヒル&ジョナサン・フィタス(Roman Hill & Jonathan Fitas)の《IMPULSE》(2022)は、大型モニターを使ったインスタレーション作品。一見、コンピューターによって描かれたかのように変化しつづける映像は、すべて実写素材をベースにつくられているという。

展示風景より、ローマン・ヒル&ジョナサン・フィタス《IMPULSE》(2022)

Salaam Park

 Salaam ParkもKing Abdullah Parkと同様の都市型公園だが、より多くの市民に開かれている公園と言えよう。他の中東国家やアフリカからの移民が多い地域にも近く、多様な人々が気軽に訪れられる場所として親しまれている。

 この公園では知識がなくとも視覚だけで楽しめる作品が多く置かれている。都市環境とアートの融合に注力するアーティスト、ダーン・ローズガルデ(DAAN ROOSEGAARDE)の《WATERLICHT》は公園のシンボルである池の上に鮮やかな青の霧を発生させている。本作は訪れた人々の目を楽しませると同時に、地球温暖化による海面上昇への危機意識も込められている。

展示風景より、ダーン・ローズガルデの《WATERLICHT》(2022)

 オーストラリアのアーティスト・Enessの《CUPID’S KOI GARDEN》(2022)は、まるで遊具のような作品だ。鯉をモチーフにしたバルーンのキャラクターからは、時々水が噴き出て揺れ、不思議な音が鳴る。子供たちが作品を自由に触ったり乗ったりしながら楽しむ様子は微笑ましい。

展示風景より、Eness《CUPID’S KOI GARDEN》(2022)

 そして日本のアーティスト/技術者によるコレクティヴ、ETERNALの作品《HIKA-RAKUYO(飛花落葉)》(2022)は、この公園とアートとの関係を象徴するような存在だ。人工の池から汲み上げた水を散布し、そこに映写することで水面に浮かび上がるような光のインスタレーション。市民らがスマートフォンでこの作品を撮影する様子からは、市民の憩いの場にアートが入り込んでいることを感じられる。

展示風景より、ETERNAL《HIKA-RAKUYO(飛花落葉)》(2022)

 なお、現在リヤドでは面積が16平方キロメートルという巨大な公園「King Salman Park」の工事が2030年までの完成を目指して進んでおり、完成すれば世界最大の公園になるという。おそらくはこの巨大公園でもアートは重要な要素となるはずで、ヌール・リヤドにおける各公園での作品展示は、その前段の役割も果たしていると言える。

ヌール・リヤド、そしてサウジアラビアのアートのこれから

 規模も予算も大変潤沢なヌール・リヤド 2022。2030年に向けて今後も継続的に毎年開催をしていく予定だが、取材をするなかでは課題も見えた。

 まずは会場間の移動手段だ。本芸術祭の展示場所は多岐にわたるが、そのいずれもが一般的な都市型の芸術祭と比べるとかなり距離が離れている。例えばKing Abdullah ParkとJax Districtは、道路距離で約30キロメートルほど離れており、これは上野公園から大宮駅までの道路距離とほぼ同じだ。

ヌール・リヤド 2022の会場マップ。地図では近いように見えるが各会場はとても歩いて移動できる距離ではない

 計画都市であるリヤドは碁盤の目状に多くの車線が走る道路網が構築されているが、基本的に自家用車中心の社会でバス路線も潤沢なものではない。地下鉄は目下建設中なので、訪れた外国人が各会場を回るにはタクシーや配車アプリを利用することになり、結果的に移動費が高額にならざるを得ない。チャーターバスを利用したツアー等も組まれるのであろうが、街の雰囲気を味わいながら自分の足で回るのが都市型の芸術祭の醍醐味のひとつともいえるので、今後公共交通機関が充実することで、利便性が上がっていくことを期待したい。

 参加作家も展示にあたっては様々な苦労があったようだ。JAX Districtで展示を行っている藤本翔平は次のように語った。「現地に到着してから、当初の予定が変更されて展示会場が決まりました。機材の輸送トラブルも多くて、僕以外のアーティストも毎日戦っている感じでしたね(笑)」。

 また、サウジアラビアの発展をアピールするために光の美しさや写真映えといったビジュアルを優先した作品が公共の場に多く、現代美術の祭典としてはいささか素朴に過ぎるのではないか、という声もほかのジャーナリストからは聞かれた。たしかにそれは一理あるかもしれないが、ヌール・リヤド2022の5人のキュレーターのうちのひとり、サウジアラビア第二の都市・ジェッダ出身のジュマナ・ゴーシュ(Jumana Ghouth)は、アートがサウジアラビアにもたらす役割を次のように語っている。「アートの鑑賞者をどう育てていくかと考えたとき、それは公共の場に作品を置くことがもっとも優れた方法のはずだ。私はいずれアートを公立の学校に持っていって、子供たちがアートに触れられる場所をつくっていきたい」。

展示風景より、KAZ SHIRANE《MIRAGE》(2022)。後ろにあるのは数年前に解禁された映画館

 サウジアラビアの人口のうち15歳以下は24.5パーセント(2019、国立社会保障・人口問題研究所 人口統計資料集より)となっており、非常に若い世代が多い国だと言える。この国で新たな芸術祭が開かれ、多くの子供たちが家族でアートを街中や公園で見るということの価値は、ゴーシュが見据える未来への投資として大変意義のあることではないだろうか。

 Salaam Parkで《HIKA-RAKUYO(飛花落葉)》の展示を行っていた、ETERNALを統括する岩波秀一郎は、作品の周囲で遊ぶ子供たちや、シートを敷いて鑑賞する家族を見ながら次のように話した。「社会のなかにエンターテイメントとしてのアートがあって、親も子も素直に作品を楽しんでくれている。この純粋な空間を、作品を通じてつくることができて嬉しく思う」。 ETERNALの作品をはじめ、街なかで家族とアートを見て楽しんだという経験を持つサウジアラビアの若い世代が、これからのサウジアラビアを担う。それを考えると「ヌール・リヤド」の果たす役割は非常に大きい。

展示風景より、ETERNAL Art Space《HIKA-RAKUYO(飛花落葉)》(2022)

 また、アーティストにとっても大きな収穫がある芸術祭だと藤本翔平は言う。「ファインな作家とエンターテイメントの作家、双方が渾然と『アート』として展示される芸術祭はなかなかない。いままで出会うことのなかったアーティストとつながることができたことは財産だ。サウジの人と話すと、ひたすらにポジティブで、純粋に未来への希望を持っていることを感じる。こうした場所で作品を展示できたのは素晴らしい経験だ」。

展示風景より、藤本翔平《INTANGIBLE #FORM》(2019)

 今後もアートを通じた新たな試みが続きそうなサウジアラビア。世界のアートにおける新たな磁場づくりの第一歩として、将来「ヌール・リヤド」が記録されることを楽しみにしたい。

編集部

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