千葉県の東部に位置する⼭武市内の4つのエリアを舞台に、「山武市百年後芸術祭」が開催されている。会期は5月19日まで(土日祝日のみ)。
同芸術祭は、千葉県誕生150周年を記念し、昨年より開催されている「百年後芸術祭」の冠の下で行われたもの。芸術祭の総合ディレクターを小林武史が務め、各エリアで作家による作品発表のほか、音楽イベントなどを実施している。山武市に加えて、市原市、木更津市、君津市、袖ケ浦市、富津市の内房総5市でも「内房総アートフェス」が開催中となる。本レポートで紹介する、「山武市百年後芸術祭」のディレクターは、アーティストの保良雄が務めている。
舞台となる地域は、大昔は海底だった。古東京湾の堆積物や富士山の噴出物により下総台地が形成され、氷河期の終焉と縄文海進以降には屏風ヶ浦と太東崎の侵食による堆積物によって九十九里平野が形成されており、現在も毎年数センチずつ太平洋に前進し続けているという。
同芸術祭では、SIDE COREや加藤泉、光岡幸⼀、保良雄、梅⽥哲也、庄司朝美など17組のアーティストが、こうした⼭武市の独特な歴史・⾵⼟・⽂化を⾒つめて制作した作品やパフォーマンスを展開。JR成東駅周辺エリア、柴原エリア、⼭武市歴史⺠俗資料館エリア、九⼗九⾥浜エリアといった4エリアで作品が展示されている。
JR成東駅の近くでは、MANTLE(伊阪柊+中村壮志)が作品《100年の蠱毒》を展示。山武市には、1920年に国の天然記念物指定を受けた成東・東金食虫植物群落がある。かつて人々は川の流れを安定させるため、ススキといった植物が占有してきた土壌を使って堤をつくる営みを続けてきた。そうしてススキが取り除かれたことで群生したのが食虫植物だった。同作は、食虫植物にとって人間の介入が偶然的な幸運だったということに着目し、ススキのクレーターを盆鉢に見立てシミュレーション=蠱毒を行う。時間の経過につき、盆鉢のなかの生態系は徐々に変化していき、最終的にはそのシミュレーションを超えていくという。
氷河期の終焉による海水面の上昇で起こった縄文海進により、金剛地層と呼ばれる砂層が波に削られ露出した岩塊が点在する柴原エリア。井上修志は集落の住民の協力のもとインタビューを行い、岩塊が埋められたとされる場所を掘り下げ、区画整理のために約半世紀に埋められていた岩塊をもう一度地面に持ち出した。
金剛地層の石でつくられた仁王像がある蓮光院では、加藤泉が九十九里浜の海岸で絵を描き、そしてその絵が海に流れて姿が消えてしまう様子を撮影した映像作品《Untitled》が上映。1967年から昨年末まで56年間使用されていた酪農場の畜舎では、⼩林清乃がサウンドインスタレーション《コエロギネの解剖学》そして、ドキュメンタリー映像《ポロヌプ ー乳の流れる地》を発表し、近代における家畜としての牝牛たちの一生と、日本という島国のミルク利用に関する地政学な歴史を女性の声による語りと畜舎の環境音を用いて紐解いている。
⼭武市歴史⺠俗資料館エリアでは、歌人・伊藤左千夫の生家の茶室で庄司朝美が伊藤の亡霊が彷徨う姿を想像した絵画を展示。隣の家で展示されているZennyan(⽥井中善意)によるヴィデオゲームの作品《Field of flowers》は、伊藤左千夫の小説『野菊の墓』から着想を得たもの。プレイヤーがキャラクターを操作し、ゲーム内の様々な花と出会い名前をつけることで、鑑賞者それぞれの意識下に生まれる存在を記録する碑のような作品だという。
九十九里平野の最先端にある九⼗九⾥浜エリアには、同芸術祭最多の作品が集まっている。SIDE COREは、対岸のアメリカ大陸に面した小屋を浜辺に構え、南米などでよく見られる手描きの絵を描いた。同作は、8000万年後に日本とハワイが国境を接すると言われる太平洋プレートの緩やかな動きに着想を得ており、太平洋を渡って移住してきた多くの日本人労働者の歴史にも関連しているという。
橘⽥優⼦(kitta 主宰)は、琉球藍を染料とした約100メートルにおよぶ藍⾊の旗のインスタレーション《Letter to you》を発表。これらの旗の色は海に向かって徐々に薄くなっていく。同作が海風を可視化するものだとすれば、折原智江による立体作品《風のふくまま》は風によってかたちづくられるものだと言える。砂と海水だけでつくられたこの作品は、風によって徐々に削り取られて最終的には崩されていく。
浜辺に散らばっている数多くの貝殻が、塩原有佳のインスタレーション《漁師と量子の1日》だ。360個の貝殻を使用したこの作品では、人間が観測可能な太陽や月、様々な惑星が描かれている。
そのほか、光岡幸⼀は南浜海浜公園の随所に「いいところ」「いい道」「どっか」などの言葉が書かれた看板や旗を掲げた。藤⽣恭平は、同じ公園内で木版画の版木を砂場に埋めて、風によって形成された砂の線をモチーフにして版画を刷るという作品を展示。⽴⽯従寛の映像作品《To The Fog》は、コロナ禍中に亡くなった伯父を追悼する作品であり、見舞いにもいけず、燃え上がる遺体を見送ることもできず、実体が見えなくなってしまったことに対してリアリティはなんなのかを問いかける。
また会期中には、保良雄や梅⽥哲也によるパフォーマンス、大塚諒平による梅干しづくりワークショップも開催。なお展示エリア間の巡回バスも運行しており、それを使ってそれぞれの作品を巡って、これまでの100年を考えながらこれからの100年を想像してみてはいかがだろうか。
2024年5月2日追記:一部の内容を訂正いたしました。