2023.6.2

アートウィークがもたらす意義とは何か? 「Gallery Weekend Beijing 2023」の事例から考察する

コロナ明けでは中国本土で初めての大規模なアートイベント「Gallery Weekend Beijing 2023」が、6月4日まで北京で開催中。同イベントの見どころを紹介しつつ、ギャラリー・ウィークエンド/アートウィークというモデルの特徴や強みを考察する。

文=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

「Gallery Weekend Beijing 2023」パブリック・セクターの展示風景より、ローレンス・ウィナーの作品
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 世界のほとんどの国よりも厳格で長い防疫措置があったにもかかわらず、中国のアートシーンはコロナ前の活気を急速に取り戻しつつある。3月のアート・バーゼル香港が見せた力強いカムバックに続き、コロナ明けでは中国本土で初めての大規模なアートイベント「Gallery Weekend Beijing 2023」(以下、GWBJ)が、6月4日まで北京で開催されている。

 2017年に設立されたGWBJは、中国最大の芸術エリア「798芸術区」にあるギャラリーや美術館での展覧会を中心に、VIPツアー、パフォーマンス、トークイベント、スタジオ訪問など、9日間にわたって様々なプログラムが行われるアートイベント。第7回目となる今回は、798芸術区から草場地(ツァオチャンディ)芸術区、北京首都国際空港に隣接する天竺総合保税区にある博楽德アートセンター(Blanc Art Center)など北京の各地に広がり、多彩な展覧会やパブリック・プログラムが行われている。

 メインセクターでは、北京に拠点を持つ21のギャラリーと5つの美術館・施設による世代や国も異なるアーティストの作品展示を見ることができる。Beijing Communeでは、北京出身のアーティスト・馬秋莎(マ・チウシャ)の個展「No. 52 Liulichang East Street」を開催。世界中の骨董品オークションや店舗から集められた古い品々、そして作家の家宝、家族写真、個人的なポートレートが、展示室に立つ架空のアンティークショップ「No.52 Liulichang East Street」に展示され、真実と虚構、記憶と現実を曖昧にする。

馬秋莎「No. 52 Liulichang East Street」展の展示風景より

 ベルリンと北京にスペースを持つHua International Galleryでは、ポストミニマリズムやパフォーマンスアートを代表するアーティスト、レベッカ・ホーンによる中国での初個展「The Journey to China」が行われている。展示室の中央にある作品《The Burning Bush》(2001)は、金属でつくられた鋭い枝が上下に動き、ゆっくりとしたリズムで昇降する彫刻的な機械装置。石炭を燃やす炎を連想させるこの作品は、重度の肺疾患を患ったアーティストの体験と密接に関連しており、環境を犠牲にして高度経済発展を遂げた中国の社会的現実にも呼応している。

レベッカ・ホーン The Burning Bush 2001

 北京のホワイト・スペースは市内3つのエリアで3人のアーティストの個展を展開。そのなかでは、草場地芸術区にあるスペースで行われている楊健(ヤン・ジャン)の「Geyser」展がとくに強い印象を残した。

 展覧会のタイトル「Geyser(間欠泉)」は、アーティストがアメリカを旅行した際、イエローストーン国立公園で間欠泉の噴出を目撃した経験に因んだもの。個人の自由や移動が極端に制限されたコロナの時代につくられた絵画や、抑圧とそれに伴う抵抗を様々なメタファーでとらえた彫刻作品では、異常な時代や状況下で激しい感情や行動を爆発させる個人の力を暗示している。

楊健「Geyser」展の展示風景より

 美術館での展示では、2022年1月に開館したマッカリン・アート・センターで開催されているふたりの中国人作家による個展に注目したい。1階の袁中天(クリス・ジョンティエン・ユアン)展「No Door, One Window, Only Light」では、本展のために新たに委嘱制作された3チャンネルの同名映像作品を中心に展示。2022年に他界した故郷の友人に焦点を当て、家、不在、トラウマ、正気をめぐる問題を提起し、儚く忘れ去られた空間や風景に物理的なかたちを与えようとする。

袁中天「No Door, One Window, Only Light」展の展示風景より

 いっぽう、2階にある胡偉(フー・ウェイ)展「Touching A Fabric Full of Holes」では、3つのヴィデオ・インスタレーションを展示。人間の活動と自然との相互介入を太平洋の島の視点から検証する《Long Time between Sunsets and Underground Waves》、冷戦時代に中国人のスパイとフランス人の外交官との同性同士の秘密の情事を題材にした《The Almost Perfect Crime》、中国南部の島にある廃墟となった採石場の跡地で撮影された《The Rumbling》に共通するのは、現代の廃墟に新しい物語を構築するという作家の試みだ。

胡偉「Touching A Fabric Full of Holes」展の展示風景より

 そのほか、ビジティング・セクターでは北京にスペースを持たないギャラリーに展示スペースを提供し、所属アーティストの展覧会を開催している。パリのGalerie Chantal Crouselでは、2022年のマルセル・デュシャン賞を受賞したミモザ・エシャールが、錠剤、化粧品、花などの人工物や自然物をキャンバスの表面に埋め込んだ作品群を展示。Balice Hertlingによるイザベル・コルナーロの個展では、モノとイメージ、オリジナルとコピーの関係を探求する。ベルリンのGalerie Thomas Schulteでは、1990年代以降のデジタルペインティングの先駆者であるファビアン・マルカッチオが、絵画と3Dプリントを融合させた「Paintants」(PaintingとMutantのアーティストによる造語)シリーズを紹介している。

Galerie Chantal Crouselでのミモザ・エシャール展の展示風景より

地域のアートコミュニティに根ざすアートイベントのモデル

 「ギャラリー・ウィークエンド」というモデルの起源は、2005年にベルリンのギャラリー協同組合によって設立された「Gallery Weekend Berlin」に遡ることができる。当時、ベルリンのギャラリーはより多くの鑑賞者やコレクターを惹きつけ、地元のギャラリーの知名度を上げるために、週末にギャラリーを同時オープンし、特別展やイベントを共同で開催するイベントを行った。このイベントはベルリンのアートシーンで大好評を博し、以降、ロンドン、チューリッヒ、ブリュッセルなどの都市で独自のギャラリー・ウィークエンドが続々と立ち上がり、東京でも昨年、同じようなモデルで「アートウィーク東京」が正式にローンチされた

 ギャラリー・ウィークエンドはアートフェアと同様に、ギャラリーが作品を取引するためのプラットフォームを提供するために生まれたものだが、商業的な取引や作品の売買により重点を置くアートフェアのモデルと比較して、独自の特徴も有している。

エスパス ルイ・ヴィトン北京での「フランソワ・モルレ&ヘスス・ラファエル・ソト」展の展示風景より

 例えば、アートウィーク東京は、海外のフェアに出展できない地元のギャラリーが国内外の美術愛好家やコレクターに作品を鑑賞・購入してもらう機会を提供している。東京には、六本木や天王洲にあるいくつかのギャラリーコンプレックスを除けば、ニューヨークのチェルシーや北京の798芸術区のようなギャラリーが集積するエリアは存在しない。東京のギャラリーは数が多く、ジャンルも幅広いが、その点在ぶりがとくに海外ビジターの訪問をより難しくしている。アートウィーク(ギャラリー・ウィークエンド)は、地域のギャラリー・美術館の展覧会やアートシーンを深く掘り下げることができる機会になっており、現地のアートコミュニティにもより密接に結びついている。

 また、9日間も会期があるGWBJは、通常4~5日間に開催されるアートフェアと比べてよりじっくりと鑑賞することができる。現地のギャラリーは、海外のアートフェアに参加するための作品の輸送費や保険料、スタッフの旅費などを負担する必要がないと同時に、アートフェア要素のあるハイブリッド型のビジティング・セクターは、海外のギャラリーが現地のオーディエンスやコレクターと深く交流することを可能にする。

ユーレンス現代美術センターでの「Geng Jianyi: Who is he?」展の展示風景より

 GWBJのディレクターを務めるアンバー・ワンは、「アートフェアと比較して私たちの最大の利点は、それぞれの内容が十分に紹介されていることだ」としつつ、同イベントの最大の難点は、分散した場所にいかに人々を集めるかだと素直に話す。

 この課題を解決するために、GWBJが立ち上げたアップ&カミング・セクターとパブリック・セクターでは、新しい世代の制作と現代アートに関する公共的な議論に焦点を当て、GWBJの文脈を拡大することを試みる。前者では、今年は「Youth NOW!」をテーマにアーティストであるプー・インウェイのキュレーションのもと、上映、パフォーマンス、ナイトパーティーなどを行っている。いっぽうのパブリック・セクターでは、インディペンデント・キュレーターのレオ・リー・チェンのキュレーションにより、6つの新作を含む15人のアーティストによる彫刻、インスタレーションなどを798芸術区の屋外スペースで展示している。

パブリック・セクターの様子。袁可如(ユァン・ケールー)によるパフォーマンス

 アンバー・ワンは、コロナ禍や戦争、地政学的緊張の継続的な影響により、世界はより不安を抱える内向きの時代に入りつつあると指摘。世界的に不安定な状況が続くなか、いまこそが地域の力に着目し、その内なる可能性を見出す時期なのかもしれない。