2022.2.13

「私はフライパンで卵を焼くのと同じ次元で、『誰かに何かを言おう』としているんです」。インタビュー:ローレンス・ウィナー

雑誌『美術手帖』2018年2月号より、ローレンス・ウィナーのインタビューを公開。2021年12月に逝去した世界的なコンセプチュアル・アートの作家を追悼し、来日時に取材された貴重なインタビューをアーカイブとしてお届けする。

文=原田裕規

TARO NASUのエントランスにて 撮影=岩澤高雄

 ローレンス・ウィナーは1942年ニューヨーク生まれ。言語や記号をグラフィカルに表現した作品で知られ、コンセプチュアル・アートの中心人物として、60年代から現代に至るまで世界的に活躍してきた。

 本記事では、2021年12月に逝去したウィナーへの追悼の意をこめて『美術手帖』2018年2月号に掲載されたインタビューを公開する。この取材が行われた同年の個展「WATER & SOME OF ITS FORMS」(TARO NASU、東京)では、水、塩水、淡水、中性子、黒鉛といった単語と、それらを関係づける文や記号、図形などで構成された新作が発表された。

 日本を20年ぶりに訪れたウィナーが発見した日本人の変化や、それぞれの文化に応じて具象化されるという彼の作品のイメージについて、「みずみずしい」言葉で語られている。

「読まれる」と「見られる」のあいだにあるものが喚起する豊かな「イメージ」

 1960年代より、自身の芸術を「情報」と称し、言語が喚起する想像力を主題とした作品を発表してきたローレンス・ウィナー。TARO NASU(東京)での個展を機に来日した作家に、情報とイメージ、そして場所について話を聞いた。

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 1970年にニューヨーク近代美術館で「情報(インフォメーション)」という名の展覧会が開かれたとき、概念的な芸術(コンセプチュアル・アート)の台頭には、「ミュージアム・コレクション」という陳腐化しつつあった営みへの「矛」としての役割が期待されていた。しかし、そうした期待のもとアーティストらが採用した(フィルム、ヴィデオ、テレックスなどの)「マテリアル」が軒並み劣化し、ミュージアムによる保存・修復の対象になるにつれ、かつて高まった期待がコレクションの快楽に置き換えられてしまうまでにはほとんど時間を要さなかった。こうして、コンセプチュアル・アートは湿度管理された「アーカイヴ・マテリアル」と同質化し、芸術としての鮮度を失ったのである。