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道後温泉でアートも楽しむ。「道後オンセナート2022」注目作品を巡る

今春より4年ぶりに開催されている「道後オンセナート2022」。重要文化財である道後温泉本館が大竹伸朗による絵で覆われ、別館 飛鳥乃湯泉中庭には蜷川実花作品が敷き詰められるなど、道後温泉地区の街歩きがアートで彩られている。その様子をお届けする。

文・撮影=中島良平

ホテル古涌園 遥 ロビーから大竹伸朗《熱景/NETSU-KEI》を望む

 2021年7月から2024年12月まで、重要文化財である道後温泉本館の保存修理後期工事が行われている。工事期間の策として「みんなの道後温泉 活性化プロジェクト」が進められており、2022年4月28日よりその一環として「いきるよろこび」をテーマに「道後オンセナート2022」がスタートした。工事のために建屋をすっぽり覆う素屋根テント膜の原画を大竹伸朗が手がけた《熱景/NETSU-KEI》など、2021年に先行公開された作品に加え、約30組の作家が半径500メートルの道後温泉地区内に作品を発表。道後温泉駅から作品を見ていきたい。

道後温泉駅

 駅前の道後観光案内所の脇に設置されているのが、市原えつこの《神縁ポータル》。現代のテクノロジーを駆使して古来の縁結びや祝祭を現代に呼び起こす市原が手がけたのは、道後の街の魅力を再編集したおみくじだ。東京の銭湯文化に注目して活動する建築家・彫刻家グループ「BKY+銭湯山車巡行部」が「現代の極楽浄土」をテーマにデザインしたおみくじ屋台のスイッチを押すと、市原が編集し、占い師のルーシー・グリーンが監修した神縁スポット案内のプリントが配布される。歴史ある温泉街で、湯にまつわる神社なども点在する街歩きがここからスタートする。

駅前に設置されている市原えつこ《神縁ポータル》(2022)
駅前に設置されている市原えつこ《神縁ポータル》(2022)

 市原の作品からすぐのところに位置する「放生園」足湯には、TIDEの代表的アイコンであるCATが立体となって出現。道後の湯から突如CATが現れたようなストーリーを想起させる。普段はペインティングに描かれるCATが、この場所では立体となり、さらには商店街の中ほどでは壁画として表現されている。

「放生園」足湯にあるTIDE《SPRING》(2022)

 駅の裏手に位置するのは、地域内に点在する源泉からお湯が集まり、ブレンドされて旅館や共同浴場に分配する施設「道後温泉 第4分湯場」。道後温泉旅館協同組合に加盟する旅館などで使用されたタオル800枚を集め、力石咲がリサイクルして《道後温泉系》を手がけた。1本の糸が変容していくという編み物の特性に、人の生きる姿や自然現象などあらゆる事象に通じるものを見出し、その変容性を活用して道後温泉の成り立ちをジオラマで表現した。

「道後温泉 第4分湯場」にある力石咲《道後温泉系》(2022)

 道後オンセナートのバナーで彩られた道後商店街を進むと、その中ほどで交差する路地を入ったところで2点の作品と出会う。TIDEがCATを壁画として描いた《Mural #1》と、東京を拠点とするドイツ出身の建築家でCGI(Computer Generated Imagery)アーティストのエイドリアン・シュテッケヴェーによる《あいだのお湯》だ。シュテッケヴェーの作品では、路地の建物の窓に水紋に揺らぐような映像が浮かび上がっており、鑑賞者の動きが投影されてインタラクティブに温泉街の風情を感じられる。

「道後オンセナート2022」のヴィジュアルデザインは、資生堂クリエイティブ本部を経て2019年に独立したグラフィックデザイナーの小林一毅によるもの
見逃さないようにしたいTIDE《Mural #1》(2022)
エイドリアン・シュテッケヴェー《あいだのお湯》(2022)は夜間の鑑賞がおすすめ

 Lの字形の商店街の角に突き当たり、左手すぐの場所に位置するのが公営浴場「道後温泉 椿の湯」と「道後温泉別館 飛鳥乃湯泉」だ。その飛鳥乃湯泉中庭の「ハダカヒロバ」には、蜷川実花が初の試みとして、屋外の床面に約230点の花の写真を敷き詰めたインスタレーションを展開する。昼には鮮やかに日の光を受け、夜には浴衣姿で温泉を訪れる観光客を引き寄せている(展示は2024年2月29日まで継続予定)。

昼間の蜷川実花《道後温泉別館 飛鳥乃湯泉中庭インスタレーション》(2021)
夜間の蜷川実花《道後温泉別館 飛鳥乃湯泉中庭インスタレーション》(2021)

 商店街を飛鳥乃湯泉と反対方向に向かうと、色鮮やかな画が目に入ってくる。道後温泉本館に展開する大竹伸朗の《熱景/NETSU-KEI》だ。大竹が自家製色紙を指でちぎり貼り合わせる「ちぎり絵」の手法で手がけた5枚の原画を約25倍に拡大し、ターポリン素材に高精細プリントして完成させたテント膜が道後温泉本館の建屋を覆っている。「ちぎり絵」の立体感が再現された細部に驚かされるが、それ以上に、道後温泉本館のサイズでどのような絵が立ち上がるのかを想定して手がけたであろう大竹の、縮尺感覚は圧巻だ。道後地区のさまざまな地点に足を運び、道後温泉本館を包みあげた壮大な作品を異なる角度から楽しむことができる。

道後商店街より望む大竹伸朗《熱景/NETSU-KEI》(2021)
大竹伸朗《熱景/NETSU-KEI》(2021)。画面右手の面が南面にあたる
道後温泉本館の北面左手
ディテールの再現力にも注目したい
道後温泉本館南に位置する冠山にある「道後温泉 空の散歩道」より望む
道後温泉本館東側が現在入口として開かれている

 松山で生を受けた正岡子規の子規記念博物館が建つのが道後公園であり、英語教師として松山に赴任した夏目漱石が自身の経験を題材に『坊っちゃん』を執筆し、「住田の温泉」として登場させたように、道後温泉は文学にもゆかりがある土地だ。「道後オンセナート2022」では、道後の街を一冊の詩集に見立て、多様な参加者が「いきるよろこび」をテーマに選んだ言葉を各地に展示するプログラム「マチコトバ」を実施。アート作品の展示を巡りながら、胸を揺さぶる言葉の表現にも触れることができる。

SUPER BEAVERは「〜道後からあなたへ〜」と題し、楽曲から歌詞を選定して10作品を街なかに展開
美術ライターの浦島茂世が選出したのは、角田寿星『再会』
永本冬森が植村直己の『植村語録 植村さんがイノチかけてつかんだコトバ』(植村直己冒険館)より選出した言葉は、ホテル古湧園 遥 ロビー ガラス面に展示
「踊念仏」で衆生を救った一遍上人に因んだ上人坂周辺エリアには、松山在住の俳人・夏井いつきの句集『伊月集 鶴』から春夏秋冬の句をそれぞれ5句選出。季節ごとに鏡面仕上げの句碑を入れ替えて展示
上人坂上の宝厳寺から坂全体を舞台に、2018年には田中泯が「場踊り」を披露した

 道後地区全体を歩き、最後に向かったのが道後公園。園内の武家屋敷には、詩人の谷川俊太郎が「いきるよろこび」をテーマに書き下ろした最新詩『くるくるミラクル』が展示されている。コミュニケーションデバイス「mui」の電光掲示モニターに、1行ずつ文字列を展開しながらじっくりと詩を味わえる仕掛けとなっている。

  作品を設置できる環境が限られた温泉街で、道後温泉本館を包みあげた大竹伸朗作品をはじめ、サイトスペシフィックな作品で街歩きを充実させる「道後オンセナート」。暑さがいくらか和らぎ、温泉を楽しみたくなるこれからの季節にこそ足を運びたくなるイベントだ。

展示風景より、谷川俊太郎《くるくるミラクル》(2022)

編集部

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