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市原えつこ連載「アーティストのサバイバル術」:木村剛大弁護士に聞く、即戦力で使える法知識

アーティストとして生き抜くためには、作品だけではなく、社会でサバイバルするための様々な知恵が必要。アーティストの市原えつこがひとりの作家の立場から、弁護士、税理士、ギャラリストなど、各分野の専門家に知見を授かりに行く連載がスタート。初回は日本で数少ない「Art Law」に注力する弁護士である木村剛大に、仕事の現場で即戦力で使える法律知識の基本と実践をヒアリングする。

聞き手・文・イラスト画=市原えつこ

画=市原えつこ

契約書があることでトラブルを未然に回避できる

──アーティストの多くは当然ながら法律のプロではないですが、契約や法務に関して現場で困ることは何かと多いです。アートをとりまく契約トラブルや裁判は、どういった争点で起きているんでしょうか?

 まず言えるのは、そもそも契約書がなくて契約条件が曖昧なこと。アーティストとギャラリーと認識が違って争いになるケースが多いです。よくあるのは独占的な関係だったのか、非独占だったのかが曖昧で、そこを起点に裁判になっているケースも多いですね。契約書がないと、当事者がそれを前提にした行動をとっていたのかという既成事実から当時の合意内容を裁判では判断してしまうんです。「他のギャラリーでも販売を当時からしていてもクレームは言われていなかった」とか。

 作品が売れた際のギャラリーとの分配も、もともとギャラリー5割:アーティスト5割で合意したはずだったのに、ギャラリー6割:アーティスト4割でずっと支払われていて、アーティスト側が何も反論していなかった場合、「最初から6:4だったんでしょ」となってしまう。だから合意と違うことが行われたのであれば記録の残る形ですぐにクレームをいれるのは大事ですね

──「えっ!?」と思ったら速攻でメールを送らないと、ということですね。血生臭い交渉ほど口頭で言わずに文面で記録の残るメールでやれ、という鉄則はよく聞きますね。

画=市原えつこ

 それは正しいです。「ギャラリーがやってきたからしょうがないか」となあなあにしないほうがいいですね、お金は揉めますから。望ましいのは契約書でちゃんと定めることで、海外の契約書だとギャラリーが作品の販売価格を10%まではディスカウントできるけど、それ以上ディスカウントする場合はギャラリーの取り分から控除する、とか細かくルールを定めていたりもします。

──契約書がある方がトラブルを未然に防げることのほうが基本的には多いのか……。アーティストは契約書を見ると「ウッ」となりがちですが、むしろ契約書があるほうが良心的なんですね。

 それは間違いないですね。契約を結ぶときに、アーティスト側からすると「義務を押し付けられる」みたいな印象もあるかもしれませんが、義務が発生するのはギャラリーも同じ。「ギャラリー側もこういうことを責任をもってやりますよ」と合意しているわけなので。逆にちゃんと契約書を出してくるギャラリーの方がまっとうにビジネスをしていて信頼できますね

──おっしゃる通り、美術館とのやり取りでも、ちゃんとした展示契約を締結してくださるところで腸が煮えくり返るようなトラブルが起きたケースはあまりない印象です。そのなかでも展示契約で、とくにトラブルのもとになるから見たほうがいいことはあるのでしょうか。

 美術館との展示契約は大規模な個展などで私が対応することが多いですが、費用負担や保険などは当然定めます。運送会社も「美術品専門のここにしてくれ」と指定するケースもある。

 アーティスト側も、展示契約のかたちにするかは別として、作品の展示の指示書やガイドラインを細かく定める場合もありますね。「この作品は台座に置いてくれ」「独立したウォールにしてくれ」とか。「アーティスト紹介に国籍は記載しないでくれ」と、ブランディング上の見られ方を戦略的に契約書に盛り込む作家もいます。こういったコントロールをしているのは、海外のそれなりに有名な作家に多いかもしれないですね。

──アーティスト側が契約書を出す発想があまりなかったので目から鱗でした。たしかに展示条件が希望通りに整っているとは限らないし、こちらから契約を先出しして意図せぬ状況を防げるのはいいですね。展示のクオリティも上がりそうです。

代金先払い、転売禁止……作品の売買契約のミソは?

──若いアーティストの方から、「絵を売ってほしいと言われてるんですが、買い手との契約書ってどうしたらいいんでしょう?」と相談されることがあって。ギャラリーを介さず、アーティストが作品をほしい人に直接売る場合、どういうところを明文化し、契約に盛り込む必要があるのか伺いたいです。

 本当に基本的なところでいえば、お金の先払い。お金を受け取ってから作品を受け渡す流れにした方がトラブルは防ぎやすいです。あとは作品に証明書をつけるのか、作品自体にサイン書いて終わりなのか。証明書がついている方が多数派かなと思います。単純な独自の書式でいいので、「自分がつくったものです」という証明があると買い手は安心できますね。

 アーティストやギャラリーによっては、「作品を買ってから3年間は他に転売しません」と転売禁止期間をつくる場合もあります。投機・転売目的の購入者をはじいて、30万で買った作品がすぐオークションに出されて120万とかにハネ上がったりするのを防ぐためですね。売る側からすると価格のコントロールはある程度したいし、本当に作品を大切にしてくれる人に届けたいので。

──そのへんの設計ひとつで、本当に作品が好きで買ってくれる人に届くのか、ハイエナのような投機目的の転売屋に流れ着いてしまうのかが変わるわけですね。「転売禁止?なんで?」と最初は思ったのですが、理にかなっていますね……。

 さらにいえば、購入者を追えるようにしておきたいというニーズはあるかもしれないです。一度売っちゃったら所有者がOKしないと自分の展覧会でも作品を展示できないので、「自分の展覧会の際には貸与してほしい」という条件を入れてもいいですが、さらにその先に売られちゃったらその効力が及ばないので、難しいところです。

民間企業との契約では著作権を握るべし

──近年はアーティストが民間企業や行政と直にコラボレーションする機運も高まっており、実際に私も企業の方とお仕事をすることが多いです。作家と企業がダイレクトに締結する契約書で、アーティストが最低限見ておくべきことはなんでしょうか?

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