中心のない「空虚」な日本に注目し、日本の戦後美術史のある風景を浮かび上がらせる展覧会「ヴォイド オブ ニッポン 77 展 -戦後美術史のある風景と反復進行-」が、東京・神宮前のGYRE GALLERYで開催されている。
フランスの哲学者ロラン・バルト(1915〜1980)は、「意味」に執着する西洋諸国に対し、日本を様々な「表徴」があふれている「表徴の帝国」としてとらえた。いっぽうの三島由紀夫(1925〜1970)は、自決する数ヶ月前に次のような言葉を遺しており、いまも日本に響き合っている。
日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残る。
出典=1970(昭和45)年7月7日付の産経新聞夕刊に掲載された三島由起夫のエッセイ
本展は、こうしたロラン・バルトと三島由紀夫がとらえた日本の「空虚」を前提にし、戦前や戦後の時代精神を担った美術家たちと、現代に活躍している新たな世代の作家たちを対話させるもの。企画は飯田高誉(スクールデレック芸術社会学研究所所長)が手がけており、高橋洋介(角川武蔵野ミュージアムキュレーター)が企画協力した。
展示作家の選定について飯田は、1930年代生まれで「戦争の記憶を持っている」作家たちから戦後生まれの作家たち、そして今日の若い世代の作家たちまでを集めて構成したとし、「このような作家たちを選ぶことによって時代が断絶しているように見えるが、じつは断絶していなく、つながっていることを浮かび上がらせたかった」と述べている。
また高橋は、「本展には戦前、戦中、現代の連続性が通底している。戦後の政治社会状況を後から見ていって、それがどのようにいまの状況につながってくるかを見ていただけると面白いと思う」と話している。
例えば、会場に入ってすぐ来場者を迎えるのは、三木富雄(1937〜1978)が「耳」をモチーフにした彫刻作品《耳》(2015)。作家が幼少の頃に目撃しただろう戦争によってちぎれた人間の耳や四肢にちなんだとされる作品は、耳を澄ませて何を聞いているのかと想像を掻き立てる。
隣に展示された匿名の芸術家集団・国民投票(1992〜)の《起承転結》(1997)は、黒板にチョークでアニメーションを描き、スチールで撮ったのちに最後の1枚の絵のみを残したという作品。近代日本画の巨匠・横山大観の作品を想起させる画面には、ディズニー映画『バンビ』に登場するスカンク「フラワー」が毒ガスを発し、そこに生きていた動植物が倒れ、枯れ果てた山水のなかにゼロ戦が突っ込んできて爆発するシーンが描かれていたという。戦争に加担していたエンターテインメント産業や日本画など芸術の政治性や戦争責任を批判している。
第2展示室では、中西夏之(1935〜2016)、大山エンリコイサム(1983〜)、MIKA TAMORI(1984〜)の絵画作品が3面の壁に飾られている。紫や白、黄緑を基調とした中西の抽象絵画《R・R・W─4ツの始まり -Ⅰ》(2001)を、方法論や時代も異なる大山とTAMORIの抽象画作品とともに見るのは面白いだろう。
同じ展示室には、「千円札裁判」で知られる赤瀬川原平(1937〜2014)の「模型千円札」シリーズ(1963)なども並んでいる。都市機能がまだ回復されていなかった戦後の金権主義に対する抵抗感とユーモアを交えて表現したこれらの作品は、今日の資本主義中心社会を予感しただろうとも言える。
「模型千円札」シリーズの隣には赤瀬川の《大日本零円札》(1967)が展示。同作と対比して紹介されているのは、青山悟(1973〜)が刺繍を使って制作した一万円札の作品《Just a piece of fabric》(2022)だ。労働時間とその価値の関係性について作品を介して取り組んでいる青山は、1968年に発生した「三億円強奪事件」と同種類のジュラルミンケースを使った作品も発表。そのケースに設置されたモニターでは、作品制作の過程をとらえた映像が流れている。
最後の展示室は、戦後の「ルポルタージュ絵画運動」をオマージュする作品と、「斬首」をテーマにした作品の2部で構成されている。
前者としては、「Date Painting」や「I AM STILL ALIVE」シリーズなどで知られている河原温(1932〜2014)が、より多くの人々に届けて社会を変えようという目的でマンガ雑誌に投稿した《作品》(1958)や、北村勲(1942〜2008)が戦後の機能不全の社会をひとつの怪物としてとらえた《霊柩車浮上す》(1974)、そして、加茂昂(1982〜)が広島平和記念資料館に収蔵されている実際に被爆した人たちが記憶をもとに描いた絵画を取り込んで再解釈した絵画《追体験の風景 #1》(2017)が紹介されている。
後者では、首のない死体が散らばる画面を描いた北山善夫(1948〜)の絵画や、皇居のうえに立つ、ギリシア神話に登場する英雄・テーセウスをモチーフにした巨人が自身の首を切り落として掲げている須賀悠介(1984〜)の《National Anthem》(2021)、そして会場最後の壁面に展示された、河原温がオフセット印刷によって制作した「印刷絵画」シリーズである画集『死仮面』(1995、パルコ出版)が展示されている。
飯田は、「今回の展覧会では、ひとりの作家の作品というよりも、反復するイメージが次世代の作家たちによってどのようなかたちで転移されていったのかを見ていただけたら」と語る。歴史的連続性を提示しながら、戦前・戦後の美術家たちを次世代の作家たちによって照射することで浮かび上がる風景を堪能してほしい。