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世界の終わりとどうともに生きるのか? 「世界の終わりと環境世界」展の企画・飯田高誉が語る

美術館の学芸員(キュレーター)が、自身の手がけた展覧会について語る「Curator's Voice」。第7回は、東京・表参道にあるGYRE GALLERYで開催中の「世界の終わりと環境世界」展を企画した飯田高誉(スクールデレック芸術社会学研究所所長)が、本展の思想的背景について語る。

文=飯田高誉(スクールデレック芸術社会学研究所所長)

展示風景より
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 46億年前に太陽系の惑星として地球が誕生し、およそ40億年前に微生物が誕生、そして、ウイルスの起源は30億年前にさかのぼり、ようやく現生人類(ホモサピエンス)が20万年前に誕生することとなる。文明化した地球環境においてウイルスは強かに変容を繰り返し、そしていまや新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によって、文明化した人類とはなんなのかという問いが否応なく我々に突きつけられている。そして、現代において核の脅威と地政学的緊張、環境破壊と地球温暖化──「世界の終わり」は、いまや宗教的預言でも科学的予測でもなく、いまここにあり身体的に知覚され経験されるカテゴリーである。「世界の終わり」まで生き延びるためではなく、「世界の終わり」とともに生きるために、政治的なもの、社会的なもの、人間的なものの交差する地点に現れる破局的主題と対峙し、近代の諸概念を根源的に問い直すことを主旨とした展覧会が「世界の終わりと環境世界」である。

 本稿では、展覧会「世界の終わりと環境世界」の企画にあたって、インスピレーションとなった思想的背景を詳述したい。また、本展覧会の原光景となったのは、1983年2月に筆者がプロデュースした、事件に近い「草間の自己消滅」(ビデオギャラリーSCAN)であった。当時ビデオギャラリーSCANを運営・主宰していたのは、霧の彫刻家の中谷芙二子氏で、日本美術界で長いあいだ評価されず、国際的評価が先んじた草間彌生とは同志のような関係であった。

展示風景より、草間彌生《草間の自己消滅》(1967)

Ⅰ.人間中心主義の終焉

 「世界の終わり」は、「人間中心主義」の終焉とも言える。すべての動物はそれぞれに種特有の知覚世界を持って生きており、その主体として行動しているという考えである。ヤーコプ・フォン・ユクスキュル(*1)によれば、普遍的な時間や空間(Umgebung、環境)も、動物主体にとってはそれぞれ独自の時間・空間として知覚されている。動物の行動は各動物で異なる知覚と作用の結果であり、それぞれの動物に特有の意味を持ってなされている。ユクスキュルは、動物主体と客体の相互関係を自然の「生命計画」と名付けて、これらの研究の深化を呼びかけた。本展覧会では、「人間中心主義」から離脱し「環境世界」へいかに到達できるのかという難問について、人々に問いかけていくものである。

 人工知能やゲノム編集、原子力発電(1963年に日本初の原子力発電が実施)などの到来は、いまや科学技術が政治、経済、生活、制度など社会組織のあらゆる側面にかつてないほどの影響を与えていることを証しており、それらの技術は、人類の様々な問題を便宜上解決する反面、複雑で深刻な問題を発生させている。そもそも、ウイルスを原因とする伝染病は、約1万2000年前の新石器革命で人間の行動が変化し、人口が密集した農業共同体が形成されて以来生まれたのである。2020年2月、中国で流行し始めた呼吸器疾患に関連するウイルスのゲノム塩基配列について報告する論文が、総合学術雑誌『ネイチャー』で発表された。このウイルスは、同疾患の初期症例に関係する海鮮市場で働いていた患者から検出されたと言われている。そのゲノムの解析により、中国で生息するコウモリにおいて同定されていたSARSコロナウイルス群に近縁なウイルスであることが明らかになった。これが現在世界規模で蔓延している新型コロナウイルスである。この状況下で、いま、なぜ「世界の終わりと環境世界」展が開催されることとなったのかという問いを投げかけていきたい。

展示風景より、リア・ジロー「エントロピー」シリーズ(2015)

Ⅱ.新世界秩序

 日本人は元来自然を支配するよりも、古代から共生への道を歩んでいた。しかし、いまやグローバル資本主義によって「人間の欲望が顕在化し、『結晶化』する場所」(モーリス・メルロ=ポンティ)(*2)が「リアル/ヴァーチャル」に加速度的に偏在化した。その結果、エコロジー的アンバランスが生じる。震災によって引き起こされた原発事故は起こるべくして起こったのかもしれない。なぜなら、このようなカタストロフはいま突然起こったのではなく、振り返ると、1995年(終戦50年)の阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件などの発生が日本の安全保障や危機管理に大きなダメージを与えたことが今日の伏線となっている。

 いっぽうで1995年は、パソコン用ソフトである「Microsoft Windows 95」 の誕生によってインターネットによるヴァーチャルなインフラストラクチャーの構築がスタートした年でもある。さらにさかのぼってその6年前の1989年(昭和64年/平成元年)にベルリンの壁が崩壊し、二極化していた東西冷戦構造が消滅したのは周知の通りである。この「消滅」を予見したのは、その前年である1988年12月7日に国連演説によって「新世界秩序」を宣言したソビエト連邦共産党書記長ミハエル・ゴルバチョフであった。また「米国同時多発テロ事件」のちょうど11年前、湾岸戦争を控えた1990年9月11日に当時のアメリカ大統領ジョージ・H・W・ブッシュが連邦議会で行った「新世界秩序へ向けて(Toward a New World Order)」というスピーチによって、再び「新世界秩序」という言葉が脚光を浴びた。

 突発的に起こったように見えるいくつかの事象は、じつは歴史的文脈のなかでとらえていくと複雑に絡まり合った根茎で結ばれ、しかも生起している様々なハプニングが必然的に連鎖していることにいまさらながら驚かされる。高度経済成長という社会背景のもとに交通インフラの整備などを通して実現されてきた、これまでの日本列島の将来像を、現代の情報インフラの整備を介していかに書き換えていくのか、またコントロールを失い機能不全と化したこの国のシステムの問題解決を図るための新たな意思決定のイメージとはなんなのかといった問いに対して、本展覧会は、新たなコミュニケーション間のプロトコルを起動させ、パブリックな意思決定のイメージに介入するアーティストたちのメッセージを発信するものである。

展示風景より、リア・ジロー《光合成》(2021)

Ⅲ.すばらしい新世界