2022.5.13

人間中心主義に問題提起を。GYRE GALLERYで「世界の終わりと環境世界」について考える

「世界の終わり」について考察し、近代の諸概念を根源的に問い直す展覧会「世界の終わりと環境世界」が、東京・表参道にあるGYRE GALLERYでスタートした。

展示風景より、左から時計回りに加茂昂《逆聖地》(2014)、荒川修作《Why Not – 終末論的生態学のセレナーデ》、アニッシュ・カプーア《1000の名前》(1979-80)
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 ロシアによるウクライナ侵攻や環境破壊、地球温暖化などの問題がますます深刻化しているなか、「世界の終わり」について考察し近代の諸概念を根源的に問い直す展覧会「世界の終わりと環境世界」が、東京・表参道にあるGYRE GALLERYで始まった。

 本展は、スクールデレック芸術社会学研究所所長である飯田高誉が企画し、角川武蔵野ミュージアムキュレーターの高橋洋介が企画協力したもの。国内外のアーティストの作品を通し、「人間中心主義」から離脱し私たちがすべて異なる「環境世界」に生きていることへの認識に到達できるのかを問いかける。

 GYRE GALLERYでは、2020年から21年にかけて「人類の絶滅」をテーマとした「ヒストポリス─絶滅と再生─展」、SF映画の金字塔であるスタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』を出発点にした展覧会「2021年宇宙の旅 モノリス ウイルスとしての記憶、そしてニュー・ダーク・エイジの彼方へ」を開催してきた。飯田は、今回の展覧会はその2つの展覧会の延長線上にあるとし、「人間の時間軸や空間領域を動植物の視点に移して考えてみたい」ということから本展を企画したという。

展示風景より

 展覧会では、草間彌生、アニッシュ・カプーア、AKI INOMATA、荒川修作、加茂昂、大小島真木、リア・ジローといった7名のアーティストの作品が紹介。最初の展示室では、フランス出身のアーティスト、リア・ジローによる写真シリーズ「エントロピー」(2015)と映像作品《光合成》(2021)が展示されている。

 緑の色が象徴的であるこれらの作品だが、その緑はジローとフランス国立自然史博物館の研究チームが共同で開発した微細藻類(植物プランクトン)が、光に反応して形成したイメージだ。微細藻類が写真の銀粒子の代わりとなり、生命をそのまま表現した光景を浮かび上がらせている。

展示風景より、リア・ジロー「エントロピー」シリーズ(2015)と《光合成》(2021)
展示風景より、リア・ジロー「エントロピー」シリーズ(2015)

 第2の展示室では、人間の身体に込められる自然力をシュールレアリスティックで実験的な手法で表現した荒川修作の最初の映像作品《Why Not – 終末論的生態学のセレナーデ》や、ポルカドットを体に張り巡らせ、地球環境のなかに人間存在を溶け込んでいく草間彌生の初期パフォーマンスを収録した映像《草間の自己消滅》(1967)、石灰を木の株に振りまき、核爆発によって降り注がれる「死の灰」を思わせるアニッシュ・カプーアのインスタレーション《1000の名前》(1979-80)など、世界的に知られるアーティストたちの初期作品を見ることができる。

展示風景より、左から時計回りに草間彌生《草間の自己消滅》(1967)、加茂昂《逆聖地》(2014)、アニッシュ・カプーア《1000の名前》(1979-80)
展示風景より、草間彌生《草間の自己消滅》(1967)

 加茂昂の幅7メートルにおよぶ巨大な絵画《逆聖地》(2014)は、火だるまになった人間たちが雪山を行軍する光景を描いた作品。「氷」の世界と「炎」に包まれた群像が強烈に対比され描かれたこの作品は、世界中にある多数の圧政に対して焼身自殺する人々の無言の講義としてとらえることもできる。その反対側の壁面に展示された加茂の絵画《ゾーン #5》(2013)は、東日本大震災で被災を受けた石巻の瓦礫を描いたもの。原発事故など人間の行為によって、人間が立ち入れないほどに人工的に穢された場所を意味する「逆聖地」を象徴する作品とも言える。

 次の展示室で展示されたAKI INOMATAの《ギャロップする南部馬》(2019)は、絶滅した日本固有の馬種である「南部馬」が氷像となって蘇り、雪原を走る映像作品。白く透き通る美しい薄氷の馬は、絶滅した南部馬を幽霊のような姿で蘇らせることで、人間に振り回され続けた歴史への批判としてとらえることができるいっぽう、南部馬が幸せに雪原を走り続けるという理想を投影した姿でもある。

展示風景より、AKI INOMATA《ギャロップする南部馬》(2019)

 展覧会の最後に出現したのは、大小島真木の《ゴレム Form-02》(2022)と《ウェヌス Venus》(2020)だ。《ゴレム Form-02》は、ユダヤ教の神話に伝わる泥人形であるゴレムから着想を得た写真作品。写真家の千賀健史とともに、陶芸や革、糸など異なる素材を寄せ集めてつくった人体を水に分解していく様子を撮影したこの作品は、人体が土塊のようにいつか自然へ還っていくことを象徴している。

展示風景より、左から草間彌生《花強迫(ひまわり)》(2000)、大小島真木《ゴレム Form-02》(2022)

 いっぽうの《ウェヌス Venus》は、革を継ぎ接ぎしたトルソーに、ギリシア語で同じ語源を持つ「プラネット」と「プランクトン」の映像を投影したインスタレーション。惑星というマクロな世界から、肉眼ではとらえきれない小さな生き物のミクロな世界までが、愛と豊穣を名指す女神の身体に凝縮されることで、一人ひとりの人間を超えた広大な時空間を感じとることができるだろう。

展示風景より、大小島真木《ウェヌス Venus》(2020)

 「人間が主体となって地球環境を支配するという状況はもう限界が来ている」と話す飯田。本展を通して環境問題を顕在化させることや自らの欲望に向き合うことの必要性を説くとともに、人類の目指すべき方向性を提起している。

 コロナ禍の影響や地政学的緊張が続くいま、国内外のアーティストの作品を通して近代の諸概念を問い直す本展。会場を訪れ、人間と世界、地球環境との関係性について思考を巡らせてみてほしい。