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これまでとはまったく異なる「ドクメンタ」。「ドクメンタ15」が伝えるものとは何か?(前編)

ドイツ中部の街カッセルで5年に1度開催される、世界最大級の現代アートの祭典「ドクメンタ」。その第15回目となる「ドクメンタ15」が6月18日に開幕した。今回はインドネシアのアート・コレクティブ、ルアンルパがアジア初の芸術監督として迎えられ、あらゆる意味でこれまでとはまったく異なるドクメンタが、大きな話題を呼んでいる。前後編で現地からレポート。重要なキーワードも解説する。

文=河内秀子 Photo by Gianni Plescia

メイン会場のフリデリチアヌム美術館

 「ドクメンタ15」のプレスカンファレンスは、6月15日、地元サッカーチームのスタジアムで開催された。芸術監督「ルアンルパ」が舞台に登場すると、参加アーティストやスタッフの席から大きな歓声が湧く。この熱気、一体感。様々な高さの台に腰を下ろし、観客と共に声を合わせてカラオケをする。「芸術じゃなくて、友達をつくろう」というルアンルパのモットーが実感できる。

アウエスタジアムで開催された「ドクメンタ15」のプレスカンファレンスの様子
ルアルンパのメンバーがスタッフや参加アーティストたちに感謝の言葉を送り、会場は大盛り上がり
スタッフや参加アーティストたちも集まった。今回はSobat-Sobat(インドネシア語で友達)と呼ばれるビジターガイドたちも重要な役割を果たす

 アジアから芸術監督が選出されることも初めてなら、コレクティブも初めて。また14のコレクティブや団体、54の招待作家たちの多くがいわゆる「グローバルサウス」(資本主義のグローバルなシステムのなかにあって社会的、政治的、経済的に不利な扱いを受けている場所や人々)から選ばれており、欧米のアート市場でよく知られているアーティストの名前はほとんど見かけない。

メイン会場のひとつ、「ドクメンタハレ」の入口。ケニア共和国の首都ナイロビから参加しているコレクティブ、WAJAKUUART PROJECTがトタンで覆った
WAJAKUUART PROJECTの展示。彼らがナイロビで子供たちとつくった作品だ

 展示されている作品も、美しさや視覚的な印象が強いものは多くなく、100日間の開催期間中に来場者や参加アーティストを巻き込み有機的に広がっていくプロセスに重点が置かれている。現代アートの市場価値が高まるなかで、社会の中でアートとアーティストが持つ意味を根底から問い直そうとする、重要な試みと言えるだろう。

タイのコレクティブ、BAAN NOORG COLLABORATIVE ARTS & CULTUREがつくった共有のスケートボード場では、タイとカッセルのスケーターの交流も。誰でも使うことができる

 ルアンルパがドクメンタ15のモットーに掲げたのは「ルンブン(LUMBUNG)」だ。ルンブンとは、インドネシア語で共有の米倉を指す言葉。インドネシアでは収穫した米が余ると持ち寄ってルンブンに貯めておき、共同体の皆で分け合うのだという。それと同じように、様々な情報や知識──知的資源や物的資源を共有し、分け合っていこうというのが、今回のドクメンタの考え方である。

 「ノンクロン(NONGKRONG)」とインドネシアで呼ばれる、どこかに集まって一緒にご飯を食べたりお茶を飲んだりしながら起こる自然な交流。そして共同体にとって重要な問題をグループで話し合う集会をさすアラビア語「マジェリス(MAJELIS)」。ドクメンタ15ではそれらを通じて生まれた出会いや議論を「ハーヴェスト(HARVEST)」収穫物と呼ぶ。ドクメンタ15においてアーティストとは、この収穫を助ける人たちであり、その収穫は地域社会の中で再び共有されていくのだ。

 ドクメンタのメイン会場のひとつ、フリデリチアヌム美術館は「フリードスクール(FRIDSKUL)」と名付けられていた。展示だけでなく、子供向けワークショップ会場や大きな託児所もあり、図書館やアーティストのための作業所もある学びの場だ。

フリデリチアヌム美術館の柱にはダン・ペルジョヴスキの絵が描かれている
フリデリチアヌム美術館の前庭。インドネシアのコレクティブ、TARING PADIがカッセルの子供たちとつくった段ボールの人形で埋め尽くされていた

 ちょうどカッセル市内の小学生たちとその親が、ケニア共和国の首都ナイロビのWAJAKUUART PROJECTのアーティストとともに絵を描いているところに遭遇した。ナイロビでもっとも密集したスラム街のひとつ「ルンガルンガ」を拠点とするWAJAKUUART PROJECT。

 「ナイロビでは毎週末、子供たちと一緒に絵を描いたり、木や鉄屑を使ってオブジェをつくったりワークショップをしているんです」とメンバーのひとり。「アートを通じて、違う人生の選択肢を提示できたら」と、ドクメンタハレの展示でも子供もたちとつくった作品を出展している。

フリデリチアヌム美術館の1階は「ルルキッズ」と呼ばれる子供向けのワークショップコーナーになっていた
ルルキッズでのWAJAKUUART PROJECTと子供とのワークショップの様子

 カッセルのコミュニティとの交流にも、今回はいつも以上に重点が置かれている。

 ルアンルパのメンバーのうち2人は2020年からカッセルに移住して、地元のコミュニティやコレクティブと積極的に交流を続けていた。アーティストたちの多くが長期滞在し、一緒に作品を作ったり、食事を作って振る舞ったりもする。印刷所やラジオ局を開設したりと、独自のメディアの発信も欠かさない。

フリデリチアヌム美術館内にあるアーティストの作業所。自由に誰でも使うことができる
ドクメンタハレの外には、バングラデシュ、ダッカのコレクティブ、Britto Arts Trustによる共有ガーデンとキッチンが。「100の食文化を100日間プレゼンテーションする」と意気込む

 カッセルの市民の緑のオアシス、カールスアウエ公園には、日本から参加した栗林隆とCINEMA CARAVANの《元気炉》が設置されていた。地元のハーブを使ったハーブサウナとオープンエアー映画上映会、そしてバー。22時を過ぎて、薄暗くなってきた頃、ポッと灯ったあかりに惹かれるように、人々がここに集まってくる。「これ何? サウナなの? 宇宙船みたい」。様々な国から来たアーティストや来場者と、犬の散歩途中の人たちが立ち止まり、会話が始まる。片言で、身振り手振りで。不思議なエネルギーに満ちた今回のドクメンタを象徴するような光景だった。

 後編では、今回のドクメンタが剥き出しにした、“国際”芸術展やアート市場の問題点などにもスポットを当てる。

栗林隆とCINEMA CARAVANの《元気炉》。読んだり考えたりすることもなく、ただここに居て、感じるーと言う作品が今回少なかったこともあるのか、多くの人たちがオアシスのような作品と評していたのが印象的だった
《元気炉》を内部から見たところ。蚊帳が外と内部を柔らかく分ける

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