ハンガリーを代表する美術館であるブダペスト国立西洋美術館とハンガリー・ナショナル・ギャラリー。この2館のコレクションを集めた展覧会が、東京・六本木の国立新美術館で12月4日に開幕した。両館のコレクションがまとまったかたちで来日するのは25年ぶりとなる。
ルネサンス期から20世紀初頭までの作品130点が展示される本展。展示はⅠ章「ルネサンスから18世紀まで」とⅡ章「19世紀・20世紀初頭」の2部構成となっている。各章でそれぞれ65点、計130点の絵画・ドローイング・彫刻が紹介され、ハンガリーの作家はもちろん、広くヨーロッパの芸術作品を西洋美術史の流れに沿って見ることができる。
Ⅰ章「ルネサンスから18世紀まで」の始めに並んで展示されているのは、ドイツ・ルネサンスを代表する画家であるルカス・クラーナハ(父)の《不釣り合いなカップル 老人と若い女》(1522)と《不釣り合いなカップル 老人と若い男》(1520-22頃)だ。前者では、若い女に触れる老人とその財布に手を伸ばす女が、後者では高価な衣服を身にまとった老女が、若い男に金を押しつけて愛を金で買おうとしている様子が描かれている。15世紀から16世紀にかけて、風刺や教訓的意味を込めた絵画が、富裕な中産階級の間で人気を得ていた時代背景がうかがえる。
ほかにも16世紀の絵画としては、レオナルド・ダ・ヴィンチからの影響を強くうかがわせる作品を多く残したイタリアのベルナルディーノ・ルイーニの《聖母子と聖エリサベト、洗礼者聖ヨハネ》(1520-25頃)や、ヴェネチア共和国の巨匠、ティツィアーノの《聖母子と聖パウロ》(1540頃)も見逃せないところだ。
また、オランダのヤン・ステーン《田舎の結婚式》(1656-60頃)や、スペインのエル・グレコ《聖小ヤコブ(男性の頭部の習作)》(1600頃)、ゴヤ《カバリェーロ侯ホセ・アントニオの肖像》(1807)といった、美術史において重要なヨーロッパ各国の17世紀から19世紀にかけての画家の作品も並ぶ。
1689年までは一部を除きオスマン帝国の支配下にあったハンガリーは、その後ハプスブルク帝国に併合されると、カトリック教会に納めるフレスコ画や祭壇画、宮廷のための肖像画を描く作家が活躍するようになる。Ⅰ章では、ボグダーニ・ヤカブ、マーニョキ・アーダーム、シュミッデイ・ダーニエルといった、この時期のハンガリー帝国の画家たちが残した作品にも触れることができる。
彫刻作品で注目したいのは、現在のスロバキア・ブラチスラヴァで制作を行っていたフランツ・クサーヴァー・メッサーシュミットの頭像作品だ。しかめっ面や大きく口を開けた顔などの奇妙な表情は、感情の描写という18世紀後半の芸術家の間で関心を集めたテーマとの関連が指摘されている。
Ⅱ章「19世紀・20世紀初頭」では、各時代の芸術上の潮流に沿って紹介が行われる。
なかでも、19世紀ハンガリー近代美術の先駆者に位置づけられるシニェイ・メルシェ・パールによる、本展のアイコン的作品《紫のドレスの婦人》は必見だ。紫のドレス、草地の緑、花の黄色といったそれぞれの色彩とコントラストが目をひき、印象派と直接の関わりがなかったと言われるパールが、補色によって光を表現していたことが見て取れる。
ほかにも、肖像画家として人気を博したベンツール・ジュラ、ロツ・カーロイ、ムンカーチ・ミハーイといったハンガリーの画家たちの佳作が、カミーユ・ピサロ、ピエール=オーギュスト・ルノワール、クロード・モネといった、パリで活躍した印象派の作品とともに展示され、同時代の影響関係を知ることができる。
19世紀末のヨーロッパを席巻した象徴主義や、ポスト印象派の影響を受け、ハンガリーの作家たちも作品を制作している。19世紀末のパリで近代芸術の様々な潮流と関わった数少ないハンガリー人のひとりであったリップル=ローナイ・ヨージェフは、ポスト印象派の芸術形式を取り込みながらも、「トウモロコシの粒」と呼ばれる独自の技法を駆使し《赤ワインを飲む私の父とピアチェク伯父さん》(1907)のような、色鮮やかな作品を残している。
本展の最後に紹介されるのが、20世紀初頭の表現主義、構成主義、アールデコといった潮流に影響を受けた作品だ。ハンガリーのモダンアートを支えた美術学校「ミューヴェースハーズ(芸術家の家)」で学んだボルトニク・シャーンドルのエネルギッシュな行動主義に支えられた作品《6人の人物のコンポジション》(1918)や、ハンガリーのアヴァンギャルド芸術運動において主要な役割を果たしたティハニ・ラヨシュの、キュビスムや未来派からの影響を見て取ることができる《窓際に立つ男》(1922)などが印象に残る。
約400年に渡る西洋美術の歴史を辿りながら、各時代のハンガリーの画家たちが残した軌跡も知ることができる本展。日本では目にする機会が少ない作家の作品も多いので、足を運んでみてはいかがだろうか。