田根剛が設計。「弘前れんが倉庫美術館」が目指すものとは?

青森県・弘前市にある吉野町煉瓦倉庫が改修され、現代美術館「弘前れんが倉庫美術館(英語名:Hirosaki Museum of Contemporary Art)」として2020年4月11日に開館する。これを前に、現地で工事中の建物が公開された。そこから見える、この美術館が目指す姿とは?(3月31日追記:新型コロナウイルスの影響で開館は延期となった)

 

上空からみたシードル・ゴールドの屋根 (C) Atelier Tsuyoshi Tane Architects

田根剛による国内初の美術館

 明治・大正期に建設され、近代産業遺産として青森・弘前の風景をかたちづくってきた元シードル工場の「吉野町煉瓦倉庫」。この建物を活かした現代美術館「弘前れんが倉庫美術館(英語名:Hirosaki Museum of Contemporary Art)」が、2020年4月11日に開館する。これを前に、現地で工事中の建物が公開された(3月31日追記:新型コロナウイルスの影響で開館は延期となった)。

 弘前れんが倉庫美術館は、エストニア国立博物館などの設計で知られるパリ拠点の建築家・田根剛が日本で初めて手がける美術館。改修工事にあたっては「記憶の継承」をコンセプトに掲げ、できるかぎり煉瓦倉庫の素材を活用し、その姿をとどめることを前提に作業が進められている。

 田根はこの建築について、次のように話す。「日本では古い建物は壊されてしまうことが多いが、このれんが建築はもうつくることはできない。これを継承し、いかに未来に残せるかがこのプロジェクトの意義」。

田根剛

 美術館は大きく分けて、市民ギャラリーと3つのスタジオ(1階)、ライブラリー、ワークラウンジ(2階)が入るA棟、展示室が入るB棟、そしてカフェやミュージアムショップが入るC棟の3棟で構成される。

 なかでも注目したいのはB棟だ。ここには高さ最大15メートルの展示室を含む5つの展示室が創出される。通常、美術館では展示室としてホワイトキューブをつくることが多いが、同館では5つの展示室でホワイトキューブはひとつだけ。そのほかの4つは、コールタールを塗った壁など、れんが倉庫が持っていた質感を極力残すことが試みられている。また、展示に関してはエントランスなどにも作品を設置することで、建物を一体的に美術館として使用することを目指すという。

高さ15メートルの大型展示空間 (C) Atelier Tsuyoshi Tane Architects

 加えて特徴的なのはその屋根だ。屋根は老朽化しており、すべてチタン製の「シードル・ゴールド」の菱葺屋根に生まれ変わった。見る場所や時間、季節よって様々な表情を見せる、同館のシンボル的な存在と言えるだろう。

 60以上の法令や基準をクリアしながら、建物を継続すること(田根はこれを「延築」と話す)を目指したこの美術館。次はここで行われるプロジェクトを見ていこう。

「シードル・ゴールド」の菱葺屋根
工事が進む現場

開館記念プログラムは「Thank You Memory」(仮)

 弘前れんが倉庫美術館では、年に2本(春夏/秋冬)のペースで企画展を予定しており、4月11日から8月31日までは「Thank You Memoryー醸造から創造へ(仮)」を開催する。

 本展では、パレ・ド・トーキョー(パリ)のチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレ2017のコ・ディレクターなどを歴任してきた三木あき子がキュレーションを担当。

 シードル工場から美術館へと生まれ変わるこの建築の記憶に焦点を当て、アーティストたちの独自の視点でその記憶を再生。加えて、改修工事の記録に基づく作品や、地元の人々と協力して制作するサイト・スペシフィックなコミッション・ワークなどが並ぶという。

 参加作家は、藤井光、畠山直哉、ジャン=ミシェル・オトニエル、ナウィン・ラワンチャイクン、笹本晃、イン・シウジェン、奈良美智。その多くが新作を展示予定となっている。

 例えば畠山は改修工事の過程に注目した展示を予定しており、藤井は工事過程を記録した映像インスタレーションを発表予定。オトニエルはりんごからインスピレーションを受けた彫刻作品などを検討しているという。また、奈良は吉野町煉瓦倉庫が美術館となるきっかけになった展覧会「AtoZ」(2006)でも展示された立体作品《A to Zメモリアルドッグ》を改めて展示するとともに、写真作品の発表も予定している。

ジャン=ミシェル・オトニエル Les Bells Danses (The Beautiful Dances) 2015 Photo by Thomas Garnier

 なお「Thank You Memoryー醸造から創造へ(仮)」に次ぐ展覧会は、小沢剛の個展「小沢剛『帰って来た』シリーズ オールリターンズ(仮)」(2020年9月19日〜2021年1月11日)となっている。

 同館ではこのような企画展とともに、弘前に縁のあるアーティストや地域の歴史・伝統文化に新たな息吹を吹き込むアーティストを招聘するプロジェクト「弘前エクスチェンジ」も実施。第1回は、高校卒業までを弘前で過ごした藩逸舟が招聘作家として参加する。

藩逸舟 マイ・スター 2005 (C)Han Ishu Courtesy of ANOMALY

目指すは地域の「クリエイティブ・ハブ(文化創造の拠点)」

 弘前れんが倉庫美術館が目指すのは、地域の「クリエイティブ・ハブ(文化創造の拠点)」だ。

 同館では、建築や地域にあわせたコミッション・ワークを重視し、完成した作品を展示するだけでなく、収蔵も行う。こうしてコレクションを形成することで、同館の場所性が強化されていく。

 また、従来の美術館が持つ「常設展示室」「企画展示室」という固定の運用にもこだわらないという。建物の可能性を最大限に活かした年間プログラムを構成し、短期から長期まで異なるタイムスパンでの展示を館内の様々な場所で行うことで、展示のリズムを生み出すことを試みる。

畠山直哉 吉野町煉瓦倉庫の改修風景 2017- (C) Naoya Hatakeyama

 同館が掲げるミッションは、「建築の記憶の継承と、新たな空間体験の創出」「地域の新たな可能性の開発と歴史の再生」「異なる価値観の共有と開かれた感性の育成」の3つ。

 同館でアドバイザーを務める南條史生はこのミッションについて、次のようにコメントしている。

 「美術館のミッションは、社会からの要請のもと変革が求められている。それは人々の感性や美意識の強化・育成だけでなく、コミュニティのセンターとしての役割を果たすことであり、学びと驚きのあるアートを通して地域・遠来の人々に感動を与え、長く地域の活性化にも貢献すること。この美術館を素晴らしいものにするためには、長きにわたり尽力し、できる限り努力していく」。

 弘前れんが倉庫美術館が21世紀の美術館として、コミュニティにおいて、またアート界においてどのような役割を果たしていくのか。4月の開館が待たれる。

編集部

Exhibition Ranking