美術史家・辻惟雄が1970年(当時辻は37歳)に刊行した『奇想の系譜』(美術出版社)で提示された「奇想の画家」たち。その作品を一堂に並べた展覧会が、東京都美術館の「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」だ。
辻は同書の中で、それまで書籍や展覧会で紹介されたことがなかった自由な発想を持つ日本美術の数々を紹介。当時のアカデミックな美術史の世界では「異端」扱いされていた伊藤若冲をはじめ、岩佐又兵衛、狩野山雪、曽我蕭白、長沢芦雪、歌川国芳の6人の画家を取り上げた。本展ではこの6人に、白隠慧鶴と鈴木其一の2名を加えるかたちで展示が構成されている。
いまとなっては日本美術を代表する画家たちの代表作が揃う本展。ここでは本展で見られる様々な「初」に注目してみたい。
本展の構成は画家ごとの章立てであり、そのトップバッターを若冲が飾る。若冲の大作であり代表作のひとつである《象と鯨図屏風》(1797、MIHO MUSEUM蔵)を冒頭に配するという大胆な展示構成だが、若冲の「初」はその向かい側にある。
六曲一双の《鶏図押絵貼屏風》は、本展の準備過程で見出された新出の作品。作品制作時、若冲はすでに80歳を超えているが、墨のみで描かれた鶏が尾羽を翻す様子は躍動感にあふれている。また《梔子(くちなし)雄鶏図》(18世紀、個人蔵)も本展の調査過程で発見された作品。これは昭和2年まで京都の東本願寺大谷家で所蔵されていたもの。梔子と鶏の組み合わせは若冲作品ではこれが唯一だという。落款のたどたどしさから、本作は若冲30歳代の希少な初期作だと考えられている。
長沢芦雪の章では、アメリカのエツコ&ジョー・プライスコレクションから来日した《白象黒牛図屏風》(18世紀)や《猛虎図》が並ぶ。ここでの「初」は《猿猴弄柿図(えんこうろうしず)》(18世紀、個人蔵)だ。同作は915(大正4)年の売立目録(カタログ)に掲載されていたもので、今回の調査で再発見された。柿を抱え込んだ岩の上の大きな猿と、岩をよじ登ろうとする子猿。猿を擬人化したような、その滑稽な表情に注目してほしい。
鈴木其一の章でも「初」の作品に出会うことができる。双幅の《百鳥百獣図》(1843)は、アメリカのキャサリン&トーマス・エドソンコレクション所蔵作品で、今回の展示が初の里帰りとなった。右幅は12ヶ月の花鳥が描かれた「百鳥図」、左幅は白象やラクダなど様々な動物を配した「百獣図」で構成された本作。サイズこそ決して大きくはないものの、其一ならではの鮮烈な色彩と緻密な描写に目を凝らしたい。
もちろん、本展の見どころはこれら「初」だけではない。辻が『奇想の系譜』を執筆するきっかけのひとつになったという曽我蕭白の《群仙図屏風》(後期のみ展示)や同作と同時期に描かれた《雪山童子図》、あるいは岩佐又兵衛の絵巻の数々、強烈な表情で描かれた狩野山雪の《寒山拾得図》、白隠慧鶴の描く達磨図、歌川国芳のユーモラスな浮世絵。近年高まりを見せる日本美術人気の要因となった画家たちの作品100点が集う本展は、さながら江戸絵画のオールスター展覧会のようである。
なお会場最後では、横尾忠則が本展のために制作した特別作品を見ることができる。横尾は出品作家の中から6作家の図像部分をコラージュ。さらに横尾の個人的関心から、挿絵などで活躍した作家・藤井千秋(1923〜85)の絵の一部を盛り込み、「江戸から昭和へと続く奇想の流れを現代に位置付けることを試みた」という。