今年創立100周年を迎え、アメリカでもっとも優れた私立美術館のひとつとして知られているワシントンD.C.のフィリップス・コレクション。その中核をなす作品群が、三菱一号館美術館に勢揃いした。
同コレクションは、裕福な実業家の家庭に生まれ、高い見識を持ったダンカン・フィリップス(1886〜1966)の収集品を核とするもの。1918年に私邸でコレクションを公開し始め、1921年にはアメリカで最初の近代美術中心の美術館として開館。フィリップスの審美眼によるコレクションは、世界有数の近代美術コレクションとなっており、その所蔵作品数は近現代あわせて4000点以上にのぼる。
同館100周年の節目で開催される本展では、19世紀の巨匠からポスト印象派まで、75点の作品を展示。会場に並ぶのはドラクロワ、クールベ、マネ、ドガ、セザンヌ、モネ、ゴーギャン、ボナール、クレー、ピカソ、ブラックなど、いずれも日本で高い人気を誇る作家ばかりだ。
三菱一号館美術館館長の高橋明也は、同コレクションを「世界でもっとも素晴らしい個人コレクション。パブリックに開かれているコレクションとしてトップクラス」だと絶賛する。
では、そんなコレクションが集う本展の見どころはどこにあるのだろうか? もちろん、フィリップスがコレクションしてきた各作品はどれも第一級の近代美術だ。しかし、本展ではその「見せ方」に注目したい。
通常、コレクション展はテーマごとに会場が構成されていることが多い。しかし本展では、フィリップスが購入(収蔵)した順に作品が展示されている。つまり、いまではアメリカを代表する美術館であるフィリップス・コレクション形成の歴史を追体験することができるのだ。
本展を担当した三菱一号館美術館の学芸グループ副グループ長・安井裕雄はこう語る。「購入順に並んだ作品を辿れば、美術館成長の様子を後追いできます。本展を通して、コレクションを形成することとはなにかを見直すとともに、ダンカン・フィリップスの眼がいかに傑出していたかを伝えられれば」。
会場は第1章「1910年代後半から1920年代」から始まり、第7章「ダンカン・フィリップスの遺志」で幕を閉じる。そのなかには、コレクションにとってキーとなる作品が散りばめられている。
例えばピエール・ボナールの《犬を抱く女》(1922)。これはボナールのパートナーであったマルト・ド・メリニーが犬を抱く様子を描いたものだが、フィリップスはこの作品をきっかけにボナールの支援者となり、アメリカの美術館で初めてボナール作品を購入。また、30年にはこちらもアメリカの美術館で初めてボナールの個展を開催している。
あるいは、ポール・セザンヌの《自画像》(1878-80)。ダンカンが同作を購入したのは1928年。これはニューヨーク近代美術館(MoMA)開館の前年であり、フィリップスはMoMA開館の際、この作品を貸し出している。近代美術館の幕開けとされるMoMAに先んじていたフィリップス・コレクションの先見の明がうかがえるエピソードだ(なお、フィリップスは1929年より6年間、MoMAの理事を6年間務めている)。
現在では「近代美術」とされる作品も、フィリップスにとっては「同時代の作家」が生み出した作品であり、フィリップス・コレクションはその「同時代」という文脈で形成された歴史がある。美術史上で大きな役割を担ってきたこのコレクションを、(フィリップス・コレクションの建物と類似した)レンガ造りの三菱一号館美術館で堪能したい。