NEWS / REPORT - 2018.9.25

37年ぶりの大回顧展がついに開幕。絵画に取り憑かれた画家・ボナールとは何者か?

19世紀末〜20世紀前半のフランスで活躍し、「日本かぶれのナビ」「色彩の魔術師」の異名でも知られる画家、ピエール・ボナール。その日本では37年ぶりとなる大回顧展が国立新美術館で開幕する。ボナールの画業を一望する本展の見どころとは?

会場風景より《ボート遊び》(1907)

 浮世絵の影響が顕著な装飾的画面により、「日本かぶれのナビ」の異名を取ったピエール・ボナール(1867~1947)。本格的な大回顧展としては、じつに37年ぶりとなる展覧会が国立新美術館で幕を開けた。

 本展は、パリのオルセー美術館の特別協力を得て、ボナールの作品を油彩からポスター、屏風まで132点で概観するもの。平坦な色面構成や掛け軸風の縦型作品といった日本美術からの影響をたどる第1章「日本かぶれのナビ」に始まり、「浴室の裸婦」を紹介する第4章「近代の水の妖精たち」、どこか謎めいたボナールの室内画を「親密さ」をテーマに概観する第5章「室内と静物『時間の静止』」など、テーマごとの7つの章で構成されている。

 本展監修を務めたオルセー美術館学芸員のイザベル・カーンはこう語る。「今回の展覧会の醍醐味は、オルセーの重要作品と、日本の美術館が所有する作品との呼応です。日本とフランスの文化は交わり、ハイブリッドなかたちとなって作品が生み出されてきた。それはとくにボナールの生きた時代において顕著でした」。

会場風景より左から《大きな庭》(1895)、《ブルジョワ家庭の午後 あるいはテラス一家》(1900)

 ボナールが属していたナビ派は、19世紀末のパリで活動したパリのアカデミー・ジュリアンに通う若い画家たちによって結成された集団。「ナビ」とはヘブライ語で「預言者」を意味している。1890年、エコール・デ・ボザールで開催された「日本の版画展」に衝撃を受けたナビ派の画家たち。ボナールも例外ではなく、自らの作品に日本の浮世絵から学んだことを溶け込ませていった。カーンは「ボナールは初期から日本の影響を受けています。ナビに新しい表現方法を可能にさせたのは日本美術なのです」と語る。その影響が感じられる作品が集まるのは、展覧会の冒頭を飾る第1章に集まっている。

 例えば、《乳母たちの散歩、辻馬車の列》は4点1組の屏風形式の作品。屏風という表現方法そのものに加え、余白の取り方や腰をかがめた女性の姿などからは日本の浮世絵の影響が見てとれる。

第1章の会場風景より、手前は《乳母たちの散歩、辻馬車の列》(1899)

 いっぽう、《黄昏(クロッケーの試合)》もまた日本美術からの影響が表れた好例だ。本作では、作品が「クロッケーの試合」と「黄昏」という2つの主題が1枚のキャンバスに描かれている。「クロッケーの試合」の部分は装飾的で、遠近法を使っていないため奥行きがない。

 また、画面右奥には白い服を着て躍る少女たちと黄昏の空が描かれており、異なる視点が同時に存在するという、ナビ派時代のボナールを象徴するような作品ともなっている。

会場風景より中央が《黄昏(クロッケーの試合)》(1892)
左が《黄昏(クロッケーの試合)》(1892)

 もちろん、本展の見どころはこれだけではない。89年にフランス=シャンパーニュで広告コンクールを受賞した経歴を持つボナールのポスター作品をはじめ、1890年代初頭から撮り始めたという写真の数々。そして、ボナール絵画の代名詞である「浴室の裸婦」を描いた作品群。

第4章の展示風景。手前から《化粧室 あるいは バラ色の化粧室》(1914-21)、《青い手袋をはめた裸婦》(1916)、《化粧》(1925)

 とくに「浴室の裸婦」の作品はボナールの友人でもあり、かかりつけの医師の妻でもあったルネ・モンシャティの自殺が関係するとも言われている。その制作背景に加え、光の効果を受けて様々な色の斑点で表現された肌や、その多くが立ち姿であるという独特の構図など、見るべきポイントは多い。

第4章の展示風景。左から《靴をはく若い女》(1908-10頃)、《浴盤にしゃがむ裸婦》(1918)、《浴室の裸婦》(1907)

 本国フランスでは近年、ナビ派の評価が高まりを見せており、2015年にオルセー美術館で開催されたボナール展は51万人もの入場者数を記録した。これまで日本では比較的紹介される機会の少なかったボナール。本展の多種多様な作品を通覧することで、その魅力を再発見したい。

第5章展示風景より手前は《猫と女性 あるいは 餌をねだる猫》(1912)
第7章展示風景。左から《夏》(1917)、《にぎやかな風景》(1913頃)、《地中海の庭》(1917-18)
第7章展示風景。左から《水の戯れ あるいは 旅》(1906-10)、《歓び》(1906-10)