詩作や朗読のほか、現代美術や音楽とのコラボレーション、写真や銅板彫刻など、多様な活動を展開してきた吉増剛造。言葉の領域にとどまらない創造性で、日本の現代詩をつねにリードし続けてきた。8月11日より東京の渋谷区立松濤美術館でスタートする「涯(ハ)テノ詩聲(ウタゴエ) 詩人 吉増剛造展」では、60年代から現在に至るまで、半世紀以上におよぶ吉増の仕事を紹介している。
本展は「Ⅰ、詩集の彼方へ」「Ⅱ、写真を旅する」「Ⅲ、響かせる手」の3章で構成されている。1章では吉増の数多くの詩作の中から、『黄金詩篇』(思潮社、1970)、『頭脳の塔』より「古代天文台」(青地社、1971)をはじめとする10冊の詩集をピックアップ。各時代の関連作家の作品もともに展示され、吉増表現の源泉とバックグラウンドをたどることができる。
関連作品の中には、アクリル樹脂で様々な物体を封じ込めた中西夏之の代表作《コンパクト・オブジェ》(1962)も含まれる。同作は、吉増のエッセイ「中西夏之の磁場を歩く」(『螺旋形を想像せよ』収載[小沢書店、1981])のなかにも登場する、吉増にとってゆかりのある作品とされている。
そのほか、赤瀬川源平、森山大道、中平卓馬らによる作品も見どころだ。いずれも、つねに前衛芸術の可能性を問い、戦後のアートシーンを牽引してきた作家たちであり、その作品から70年代特有の空気を読み取ることができるだろう。
同章では、吉増による多数の直筆原稿のほか、90年代から制作されている銅板打刻作品シリーズなども展示されている。銅板打刻作品シリーズは、彫刻家・若林奮が用意した銅板に、吉増がハンマーと鑽による彫金で文字や言葉を刻んだもの。書跡を立体的におこした同シリーズにおいて、吉増は無機的で硬質な銅板を、触覚的で独特な質感に変化させることに成功している。その制作は、2003年に若林が没したいまもなお続行されており、その制作態度からは吉増の「手で言葉を記す」という行為そのものへの追求がうかがえる。
2章では、吉増が詩作と同時並行で制作を続ける写真作品がならぶ。空間の中央には「多重露光写真」シリーズと文字のオブジェを組み合わせたインスタレーションが展開されており、その幻想的な光景は目を惹く。「多重露光写真」とは、1本のフィルムを撮影したのち、それを巻き戻したうえでカメラにふたたび装填し、1巡目の画像のに重ねることを2巡、3巡と繰り返す独自の手法によって生み出されるもの。同作は、時間的/物理的な距離を曖昧にし、異国へ旅をしているかのような心地よさを鑑賞者にもたらす。
そして、現在の吉増を象徴する絵画的原稿《火ノ刺繍》(2017)によって、本展は締めくくられる。豊かな色彩と文字で記された同作は、これまでの直筆原稿のイメージを超えるものであり、吉増にとって「つねにいまが自身の芸術において究極である」ということを見る者に確信させるだろう。