2月8日〜3月1日、東京のYUKIKOMIZUTANIで林樹里と坪本知恵による2人展「うつろの疏水をながめたとき」が開催される。
林は1989年大阪府生まれ。東京藝術大学美術学部を卒業後、同大学院美術研究科で文化財保存学を学び、博士課程を修了。「おのずから現れるもの」、「うつろうもの」をテーマに制作を行い、江戸時代の琳派の技法に基づく「にじみ」や「たらしこみ」の手法を研究してきた。
自然の思想に深い関心を寄せ、画材と自らの行為の間で生じる自然現象を表現し、自然と対話するように作品を制作している林は近年、異国の地での経験をもとに、内なる音を描いた「noise(さわり)」シリーズに取り組んでおり、微細な変化を拾い上げることで、すべてを明らかにするのではなく、さりげない気づきの感覚を引き出す表現を模索している。
いっぽうの坪本は1997年愛媛県生まれ。京都芸術大学を卒業後、京都を拠点に活動している。「言葉の保存」と「伝達」をテーマに、愛媛県にある安藤正楽による日露戦役記念碑(通称「顔のない碑」)に着想を得た作品を制作している。この碑には、かつて戦争反対を訴えた世界平和を願う文章が刻まれていたが、検閲によりその全文は削除され、現在では岩肌だけが残っている。坪本はこの碑を題材にした「Inscription」シリーズを通じて、削られた文字をステンシルで構成し、欠損や存在の有無のグラデーションについて問いかけている。
両作家の共通点は、人工物と自然、過去と未来といった対極的な要素が交錯する過程を通じて、作品を創造するという点にある。ふたりの制作は、それぞれが異なる視点から物事をとらえ、表現を通してその境界を行き来している。
本展ではこれらの制作過程を、水の流れという自然の力と人為的な構造が交じり合う場所である疏水に見立て、展覧会タイトルとしている。そのため、タイトル「うつろの疏水をながめたとき」は、ふたりが作品制作に対して持つ繊細で静かなアプローチを象徴しており、鑑賞者は眺めることで微細な変化や気づきを感じることができる。作品の背後にある哲学的な問いや自然と人間との関係性を、じっくりと感じ取りながら鑑賞してほしい。