公益財団法人ポーラ美術振興財団の助成による海外研修に参加した若手アーティストらの作品を展示する「ポーラ ミュージアム アネックス展 2023 ―自立と統合―」の後期が、東京・銀座のポーラ ミュージアム アネックスで4月16日まで開催されている。今期の展示作家は秋山美月、佐藤幸恵、永井里枝の3名だ。
同財団は、日本の芸術分野の専門性の向上を目的に、1996年より若手アーティストの海外研修助成を開始。本展は、近年の研修員から採択された6名の作品を前後期に分けて展示し、研修成果をより多くの人々の目に触れる機会を創出するものだ。第21回目となる今回もポーラ美術館館長・木島俊介が監修を務め、「自立と統合」をテーマに作品を紹介している。
本展の開催に際し、編集部は前期同様に展示作家にメールインタビューを実施。今回の展示や展示作品、今後の取り組みなどについての回答を作家ごとに紹介する。
秋山美月
秋山美月はイタリア・ローマ出身の彫刻作家だ。2016年に琉球大学教育学部美術教育専修を卒業し、18年には広島市立大学芸術学研究科造形芸術専攻彫刻分野を修了。 翌年にはローマ・アッカデミア美術学院彫刻専攻に入学している。21年に同財団の在外研修を受けて以降もイタリアを拠点としながら活動し、近年では日本、ドイツ、ハンガリーなど様々な国で展示を行うなどその幅を広げている。
──今回の展示で実現したいと思ったことを教えてください。
今回は、近年イタリアで制作・研究してきた成果を展示したいと考えています。木や樹脂を中心に使用し、もの派やアルテ・ポーベラをもとにシンプルな彫刻表現を目指しています。
──展示されている《What makes us Nature》《Afraid to look》はどのような作品でしょうか。
両作品は自身の内側を表しています。《What makes us Nature》は、環境的な自然と、自分の内側の自然をひとつの「Nature」として作品化しました。木と樹脂、液体と固体などを、個人のなかに潜む小さな矛盾に見立て、素材を掛けあわせ、ひとつのかたちにしました。《Afraid to look》は不安に駆られ、見たくない自分の内側を見つめる状況を視覚化しました。いずれも「自分を知る必要性」を表現しています。
──日本とイタリアで過ごした経験のある秋山さんの価値観や考え方は、作品に投影されているのでしょうか。あるとすればどのような点でしょうか。
私のなかにはイタリアと日本、2つの文化が存在しますが、それにより悩まされたこともあります。水と油のよう、決して混ざることがない要素が、私を分離させているように感じていました。そんな大きな矛盾も自分の存在そのものが成立させ、分離を越えた「なにか」を見つけたい私自身の心であると気づいたのです。このような考えを作品に組み込んでいます。
──今回の展示を経て、今後取り組んでみたいと思ったことを教えてください。
最近はヨーロッパで展示の機会を多く掴んできたので、日本でどう受け取っていただけるかが楽しみです。今後も日本で活動できること期待しています。
佐藤幸恵
佐藤幸恵は福島県出身のガラス作家。2009年に筑波大学芸術専門学群構成専攻クラフト領域ガラス分野を、11年には富山ガラス造形研究所造形科を卒業している。18年には在外研修員としてポルトガルで活動。ガラスをベースに縄文土器や化石などの遺物が織り交ぜられた作品群が特徴的だ。
──今回の展示で実現したいと思ったことを教えてください。
今回展示のお話をいただいた際、「気色」シリーズではガラスと線のバランスの関係性をより発展させたいと思いました。また「残片」シリーズでは、色々な欠片のかたちと向きあう機会にしたいと考えました。
──今回展示される「気色」「残片」シリーズの制作プロセスを教えてください。
「気色」「残片」シリーズはどちらも作品の最終的なかたちやあり方は決めずに制作を始めることが共通しています。「気色」シリーズではいくつも描いたドローイングのかたちや線から制作を始め、途中で何度も変化させながら最終的なかたちを決めます。
「残片」シリーズはつくる起点を自分自身ではなく、それぞれの欠片から始めることをルールにしています。最初はかたちをなぞり模倣することから始め、欠片のかたちの行方を自分なりに解釈しながら進めていきます。
──制作を通じて行われる「かたちとの対話」は佐藤さんにとってどのような気づきをもたらしていますか。
私にとって「かたちとの対話」という行為は、それぞれのかたちが求めているあるべきすがたを探ることであり、飽くなき探求のようなものに感じています。今回残片での作品には主に縄文土器などの何千年前の造形物を選んでいますが、それぞれのかたちが持つ繊細さや細やかな造形に心を奪われます。欠片を通して何千年前も同じように造形を行っていた人々とつながることは学びが多く、とても感慨深いものでした。
──今回の展示を経て、今後取り組んでみたいと思ったことを教えてください。
今回の展示を踏まえて、作品を異なる場所に展示したときにどのような見え方、あり様に変化するのかを観察したいです。
永井里枝
永井里枝は群馬県出身の画家。2012年には東北芸術工科大学芸術学部美術科日本画コースを卒業、14年には同大学大学院修士課程日本画領域を修了している。同財団の海外研修助成ではドイツを拠点に活動。本展出展作品には渡独中に永井が受容したその文化が反映されているという。
──今回の展示で実現したいと思ったことを教えてください。
渡独中から現在までに描いた絵を出展します。モチーフはドイツの空港、ナイトクラブ、飲食店など、パンデミックの滞留の煽りを受けた場所です。場所の静けさと、その内に秘められた人々の熱い情動を共有したいと考えました。
──1枚の絵を制作するために何枚ものドローイングを重ねると伺いました。その意図についてお聞かせください。
脳裏の考えや感じたことをかたちに落とし込むため、取材をするように何枚もドローイングを描きます。描いているときは未来が見えておらず、不安や恐れと戦いながら線を引きます。それは人が生きること、或いは場所がその歴史を積み重ねる営為と似ていると思います。ドローイングを参照した結果、完成した絵には多視点や実風景には有り得ない色彩のうごめきが発生します。それらも含めて場所の光景だと考えています。
──「心」と「場所」の関係性を描く永井さんが渡独中に見た光景は、作品にどのような影響を与えましたか。
ドイツのナイトクラブの文化には衝撃を受け、造形的にも、ものを考える視座としても多くを学びました。ネオンの刺すような色彩には、集う人々の日頃抑圧されていた激情の発露を感じました。スモークの隙間で多様なアイデンティティを抱く人々が踊る様から、画一的でないその心の受け皿としての場所のあり様を見つけました。結果渡独以前と比べて、絵はより鮮烈な色彩と複雑な奥行きの見方を獲得したように思います。
──今回の展示を経て、今後取り組んでみたいと思ったことを教えてください。
2つあります。1つ目は展示空間を含む色彩体験の追求です。ほかのメディアとの統合も視野に入れながら、より情動に訴える表現を探ります。2つ目はモチーフの幅・構成の深化です。群衆心理等も参照した新たな展開を目指します。