「第25回文化庁メディア芸術祭 受賞作品展」が日本科学未来館をメイン会場に、9月26日まで開催されている。第25回文化庁メディア芸術祭は世界95の国と地域から応募された3537作品のなかから、アート、エンターテイメント、アニメーション、マンガの4部門の受賞作を選出。その受賞作品が一同に会する本展覧会のレポートをお届けする。
まずは、アート部門の受賞作から見ていこう。同部門の大賞を受賞したのは、学術研究員、アニメーション作家、ゲーム開発者、広告代理店勤務、Fabマスター、映像ディレクター等の経歴をもつクリエイターの集団、anno labの《太陽と月の部屋》だ。
本作は、大分・豊後高田市に設立された「不均質な自然と人の美術館」にあるインタラクティブアート。「太陽の光と戯れることができる部屋」をコンセプトにした作品で、来場者が部屋の中を歩くと、天井の小窓が自動で開閉。体が光につつまれるとともに、足もとの日だまりが月の満ち欠けのように姿を変える。
光の演出は、気象庁の天候情報を解析しその時々で最適なものになるよう調整されており、小窓が開くタイミングでピアノの音が鳴ることで、視覚的な明暗だけではない光を表現した作品だ。会場では本作の中間制作物や、作品についての解説ドキュメンタリーが上映されており、その斬新なコンセプトを深く知ることができる。
アート部門の優秀賞は4作品が受賞した。まずは、山内祥太の《あつまるな!やまひょうの森》を紹介したい。
新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、パソコンを介して遠隔でコミュニケーションをする機会がより多くなった現在。しかし、そうしたバーチャルの体験は完全にリアルの代替となるものではないと山内は考えた。本作は、任天堂のゲーム『あつまれ どうぶつの森』(2020)を模した画面を操作しながら、実際の展示空間のパフォーマーとなった山内本人を動かすことができる作品だ。
かわいらしいゲーム画面と、その場にいる生身の人間の動きが連動することで、ゲームが本質的に持つ「操る、操られる」という権力関係や、現実にバーチャル空間の動きを持ち込むことの不気味さが表現された。会場を訪れた人が否応なくその観客になることで、現実と仮想における身体の位相の在り処を考えさせる作品となっている。
同じく優秀賞を受賞した石川将也/杉原寛/中路景暁/キャンベル・アルジェンジオ/武井祥平による《四角が行く》。現実で動く3つの立方体が関門の穴をくぐり抜ける動きと、CGアニメーション上の関門に合わせて動く仮想区間上の立方体という、2つの機構が組み合わされたインスタレーションだ。
鑑賞者は現実とバーチャルのふたつの空間での立方体の動きから、法則性を読み取ろうとする。目に見えないが存在する何かしらのルールの存在を示唆する本作は、現代社会の構造も示唆しているといえる。実際に会場で、何かを示唆しながら立方体が動く様子は、見るものに大きなインパクトを残すだろう。
MOON Joon Yongのステージに影を投影するインスタレーション《Augmented Shadow – Inside》も優秀賞だ。照明デバイスの動きをトラッキングすることで、3D投影の視点が設定され実物大の影の人物が壁に投影される。
ステージ上には、ドアや窓、壁、椅子などのオブジェクトが置かれている。鑑賞者は手にしたデバイスでこれらを照らし出すことでストーリーに参加し、舞台上で「仮想」の風景に現れた影の人々と出会い、影響しあうことになる。ぜひ、会場で投影して物語に参加してみてほしい。
また、会場では展示されていないが、ドイツのTheresa SCHUBERTによる《mEat me》も優秀賞を受賞した。作者自身の血液から採取した血清を使い、あらかじめ採取しておいた自身の筋肉細胞を再生させてつくられた培養肉を用いた研究プロジェクトおよびパフォーマンスとなっている。
社会のなかに実装され、メディアテクノロジーのあり方や人々の行動様式などに新たな変化をもたらし、大きな影響を与えた作品に対して贈られるソーシャル・インパクト賞も、本祭においてはユニークな賞だ。アート部門のソーシャル・インパクト賞は、田中浩也研究室+METACITY(代表・青木竜太)の《Bio Sculpture》が受賞。
本作は、土や籾殻といった自然素材を組み合わせて出力素材とし、3Dプリンターによってその内部構造を付与することでつくられた「環境マテリアル」だ。赤土、黒土、赤玉土、籾殻からなる彫刻を制作し、そこにサンゴ礁の発生アルゴリズムをもとに付与されたひだ構造を付加。彫刻の表面積を最大化させるとともに、表面に日陰や日向が複雑に入り組んだ微小環境をつくり出した。この表面には9種の苔が共生するように配されており、温度・湿度・CO2・空気の汚れ等を自律的に調節。時間の経過とともに潜在していた生態系の姿が顕在化していくという。この予測不可能な生態系をぜひ目にしてほしい。
アート部門の新人賞は3団体が受賞している。
平瀬ミキの《三千年後への投写術》は、現代において図像を見るという体験が、電気を介したディスプレイやプロジェクターによって実現されていることに着目し、電気が失われたときの図像表示を模索する作品だ。平瀬は半永久的に残り続ける記録媒体としての石に着目。鏡面加工された石にレーザーを用いて写真や文字を彫刻し、その表面に光源を当てて反射した光が、暗がりの展示室の壁面に図像を壁面に写し出す。
Mathias GARTNER / Vera TOLAZZIの《The Transparency of Randomness》は、27個の透明な箱が置かれた空間が印象的な作品。それぞれの箱では自動的にサイコロが振られ乱数を生成し、箱の中に敷き詰められた綿や苔などの素材は、自然が持つ複雑さを乱数との連関から示している。会場に身を置くことで、人間という存在もこうした乱数の不可思議と無関係ではないことを体感できるのではないだろうか。
花形槙の《Uber Existence》は「そこにいること」そのものを提供する「存在代行」サービス、という作品だ。ウェブサイトにアクセスした利用者は、商品としての存在代行者を選び、アプリを通じてその代行者を操作する。自己同一性や自由意志についての問いを投げかける本作のねらいを、会場ではパネル展示と存在代行者の人形で紹介。さらに、実際にユーザーとなって作品を体験することができるワークショップも開催する。
エンターテイメント部門はNHK Eテレのテレビ番組「浦沢直樹の漫勉neo 〜安彦良和〜」が大賞を受賞。これは、マンガ家たちの仕事場にカメラが入り、その手もとの技術にフォーカスをする番組だ。今回受賞したのは『機動戦士ガンダム』のキャラクターデザインをはじめ、マンガとアニメの双方で活躍する安彦良和の仕事を追ったもの。あたりをつけずに眉毛から描く、筆を滲ませて影をつくる、といった安彦の個性的な作画の真髄に迫るドキュメンタリーは圧巻だ。
アニメーション部門の大賞はイランのManbooben KALAEEによる《The Fourth Wall》が獲った。「台所」を舞台に、生活空間としての家や家族の関係性を再構築した実験的なアニメーション。立体素材と平面素材を融合させてつくったという本作は、自在なカメラワークで次々と移り変わる物語が臨場感豊かに描かれており、さらに使用された舞台は実物大だというから驚きだ。資料とともにその斬新な映像を楽しんでもらいたい。
マンガ部門は、持田あき『ゴールデンラズベリー』が受賞。ハイスペックでありながらも転職を繰り返す「仕事が続かない青年」と、男性とつき合っては別れるを繰り返す「恋が続かない女」による物語。恋愛関係になりそうでならないスリリングな構成とリアリティあふれる人間関係の描き出しが評価された。会場ではカラー原稿やその筆致やコマ割りの妙が楽しめる原画が展示される。
ほかにも各部門、多くの気づきを与えてくれる受賞作品が揃っている。文化庁メディア芸術祭は次年度の作品募集を行わないと発表しており、受賞作品展も本展でひと区切りとなるが、この機会にメディア芸術の多様性を現地でぜひ実感してほしい。