36の国と地域から77組のアーティストが参加するシンガポール・ビエンナーレ2019が、シンガポール市内の11の会場で開幕した。
今年6回目となる同ビエンナーレのテーマは、「Every Step in the Right Direction(正しい方向への一歩一歩)」。アーティスティックディレクターのパトリック・フロレスは、開幕にあたってこう語る。「今回のビエンナーレは、キュレーターやアーティストが注目するグループとともに、世界の複雑さを探りながら、現代美術のポテンシャルや可能性を思案するものです」。
東南アジアの現代美術作品を中心に、絵画や映像、インスタレーション、パフォーマンスなど幅広い媒体とジャンルの150組以上の作品に加え、今回のビエンナーレのために新たに制作されたコミッション作品が集結している。
ナショナル・ギャラリー・シンガポール
出品点数がもっとも多いナショナル・ギャラリー・シンガポールでは、36のアーティストとアーティスト・グループによる、日常生活や身近な環境に焦点を当てた作品が展示された。
同ビエンナーレのメディアプレビューで発表された「第12回ベネッセ賞」の一次審査入選者のひとり、イエメンのアーティストであるハイファ・スベーヤは、祖国の苦しい状況に注目し、イエメンの首都サナアの空の色の壁に壁画を制作。失踪者、ドメスティック・バイオレンス、子供の徴兵、地雷や砲撃の犠牲者、平和への願望などをテーマに9つの壁画作品を発表した。
ミャンマーの現代アーティスト、ミン・ティエンソンは、ミャンマーで幼少期を過ごした経験からインスピレーションを受け、時間をかけて集めた塵をキャンバス上で表現する一連の「絵画」を発表。ミンが「塵は時間を描く」と話す「Time: Dust」シリーズ(2017-19)では、光度、湿度、そしてキャンバスに定着する「時間」を通し、自然界の様々な不確定な力を表している。
ニューヨークを拠点とするアーティスト・デュオ、ザックバランが坂本龍一と共同で制作した《async – volume》(2017)は、坂本が2017年に発表したアルバム『async』からの音楽をもとに、作曲家のスタジオとその周辺を舞台にした映像インスタレーション。暗い部屋に24台のビデオスクリーンが置かれる本作では、音楽と視覚について瞑想するような空間がつくりだされている。
シンガポール出身で、現在東京を拠点にするアーティスト、デニス・タンの《Many waters to cross》(2019)が見せるのは、設計図を使用せず、東南アジアの伝統的な競艇「コレック」を8ヶ月以上かけて公共の場で制作するパフォーマンス・プロジェクト。試行錯誤しながら、なくなりつつあるコレックづくりの技術を再現しようとする行為は、忘れられていた記憶や知識を復活させる試みでもある。
ギルマン・バラックス
イギリス植民地時代の軍事施設を改装し、シンガポールを代表する現代美術の制作や展示エリア「ギルマン・バラックス」では、22組のアーティストが現在急速に変化している自然や政治的環境について考察する作品を展示している。
ウェンデリン・ファン・オルデンボルフの映像作品《No False Echoes》(2008)では、オランダとオランダ領東インド間で初めて行われたラジオ接続に着目し、民主主義の文脈における言論の自由と、歴史における支配的なナラティヴを考察する。
胡昀(フー・ユン)は、《Carving Water, Melting Stones》(2019)を発表。同作は、映像と立体からなる作品。映像では、東南アジアでかつてよく見られたキリストの木彫製作者の故郷・フィリピンのパエテを訪れ、消えていく木彫り師の姿をとらえた。また、映像作品の隣には巨大な冷蔵庫が置かれ、その中にはシンガポールの小学校の生徒たちと協力し制作した、現在のシンガポールの地形に基づいた氷彫作品を展示。それらふたつによって、東南アジアの過去と現在を対話させる。
「あいちトリエンナーレ2019」でも展示された田中功起の《抽象・家族》(2019)。本作では、異なる背景と文化的ルーツを持つ4人が田中による脚本の登場人物になるいっぽう、各個人は自分の経歴を語る。家族を形成し構成するとはどういうことか。血縁関係で結ばれた集団という「家族」の概念を考察する。
アジア文明博物館
アジア全域の文化と文明をメインに紹介するアジア文明博物館では、オクイ・ララ、ジェン・リュー、ローレンス・レックの作品が展示されている。
マレーシアのアーティスト、オクイ・ララの映像作品《National Language Class: Our Language Proficiency》(2019)では、6人が異なる言語で議論することを通し、マレーシアの様々な世代にわたる多言語環境の複雑さをとらえている。
ジェン・リューの《Pink Slime Caesar Shift: Gold Edition》(2015-19)は、金の価値や性質を考察したライブパフォーマンスやヴィデオ、セットデザイン、インスタレーション、絵画からなる作品。富、労働、貿易の原理としての金、そして金を摂取することで身体と 「運命」がどのように変化するかなど、「金」をテーマに、多様な表現を展開している。
ローレンス・レックは、2065年のシンガポールを舞台に、ヴィデオゲームとインスタレーション作品《2065(Singapore Centennial Edition)》(2019)を発表。来場者をそれほど遠くないシンガポールと東南アジアの未来の世界に入り込ませることで、物理的で歴史的な博物館の空間と、未来の仮想空間の境界を曖昧にする。
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このほか、ラサール・カレッジ・オブ・アーツには、ゲイリー=ロス・パストラーナやアーノント・ノンヤオ、マリエ・ヴォイニエらによる、東アジアや東南アジアの歴史的、地理的な文脈を考察する作品が並ぶ。また、シンガポール美術館やシンガポール国立博物館、エスプラネード・シアターズ・オン・ザ・ベイなどでは、ラニ・マエストロやアマンダ・ヘングらが今回のビエンナーレのために制作した作品が展示されている。
なお、同時期にナショナル・ギャラリー・シンガポールで開催されている、1970〜80年代の東南アジアの美術と建築の関係に焦点を当てた展覧会「Suddenly Turning Visible: Art and Architecture in Southeast Asia(1969–1989)」や、200年後のシンガポールの未来を想像して世界がどのように変化するかを探る、アートサイエンス・ミュージアムでの「2219: Futures Imagined」展もあわせてチェックしてほしい。