2018.2.5

アートが街を活性化させる。
シンガポール・アート・ウィークに見るその取り組み(1)

マーライオンやマリーナベイサンズなど数々の観光スポットを持つ東南アジア屈指の都市・シンガポール。文化の発信に注力するこの国でもっとも重要なイベント「シンガポール・アート・ウィーク」が今年も開幕した。国を挙げて様々なプログラムを展開するアートウィークとはどのようなものなのか? その様子を2回にわたって紹介する。

ナショナル・ギャラリー・シンガポール
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 シンガポールのアーツカウンシルと政府観光局、そして経済開発庁が主体となり開催するシンガポールでもっとも重要なアートイベント「シンガポール・アート・ウィーク」が1月17日から28日にかけ、シンガポール中心地の各所で開催された。

 「シンガポールアートウィーク」の歴史はまだ浅く、初回が開催されたのは2013年のこと。今年で6回目の開催を迎えるこのイベントは、ナショナル・ギャラリー・シンガポールやシンガポール国立博物館などの公共施設からアートサイエンスミュージアムなどの私立美術館、市内のギャラリーなど多数の会場を舞台に、12日間にわたって100を超える展覧会やパフォーマンスなどが展開される同国でもっとも大規模なイベントの一つだ。

 ここではそのアートウィークのハイライトを2回にわたってピックアップ。アジアでも特筆すべきアートイベントの詳細をお届けする。

|ナショナル・ギャラリー・シンガポール

 マーライオンから歩いて5分の場所にある巨大な建物。これがアジア最大級の美術館、ナショナル・ギャラリー・シンガポールだ。

ナショナル・ギャラリー・シンガポールの外観。左が旧最高裁判所、右が旧市庁舎

 2015年12月に開館したばかりのこの新しい美術館は、旧最高裁判所と旧市庁舎の2つ建築をつなぎ合わせたもの。旧市庁舎は65年8月9日にリー・クアンユー初代首相が独立宣言を行った場所であり、最高裁判所とともにシンガポールを代表する歴史的建造物として親しまれている。

 ナショナル・ギャラリー・シンガポールの総床面積は約6万4000平米。この巨大な美術館の中でサイトスペシフィックな作品を発表したのが、ニューヨークを拠点に国際的に活動するアーティスト、リクリット・ティラヴァーニャだ。

記者陣に語りかけるリクリット・ティラヴァーニャ

 美術館の最上階に位置するルーフガーデンに突如として出現したのは竹の迷路。《untitled》と題されたこの作品は、中に入るとその正体がわかる。人と人との境界を曖昧にするような竹の足場に導かれるように進んでいくと、日本の茶室が現れる。

美術館のルーフガーデンに設置された《untitled》。中央に見える黒い箱が茶室となっている
《untitled》の竹の迷路

 2016年に岡山市内で行われた「岡山芸術交流」で、工事現場の足場を使い同様の作品を発表したリクリットだが、本作はその発展形ともいえる。「アートと来場者が一体になるような体験を提供したい」と話すリクリット。茶室では展示期間中、毎月第1日曜に現地の人によるお点前を楽しむことができる(亜熱帯のシンガポールにあわせ、濃茶ではなくスイカの果汁と抹茶をミックスした特別なお茶が提供される)。同作の展示期間は18年10月28日まで。

この日はニューヨークを拠点に活動する「ワールドティーギャザリング」の上田舞がお茶を点てた

 いっぽう、館内では2つの企画展からなる「Century of Light」展も開催。同展は、オルセー美術館が所蔵するモネやマネ、ルノワールなど印象派作品約60点によって構成された「Colours of Impressionism 印象派の色」展と、インドネシアの画家ラデン・サレとフィリピンの画家フアン・ルナの2人の代表作を紹介する「Between Worlds 世界の狭間で」展によって構成されており、時代と場所を超えた作家たちを「光」あるいは「色」をキーワードに通覧することができる(3月11日まで)。

「Colours of Impressionism 印象派の色」展の展示風景
「Between Worlds 世界の狭間で」展会場風景。ラデン・サレの作品は鮮やかな青の部屋で展示されている
「Between Worlds 世界の狭間で」展会場風景。左の大作はフアン・ルナ《クレオパトラ》(1881)

|シンガポール国立博物館

 ナショナル・ギャラリー・シンガポールと並び、シンガポールを代表する文化施設が「シンガポール国立博物館」だ。

シンガポール国立博物館の外観

 それぞれが障害や複雑な家庭環境など、さまざまな事情を抱えた子供たちとともに活動する組織「スーパーヒーローミー」。その展覧会「IS ANYONE HOME?」が1月17日から31日にかけて行われた。ここでは6人の子供たちがそれぞれ異なるアーティストたちと一緒に作品を制作。例えば、自閉症を抱えながら自分で紙に描いた「友だち」とパジャマパーティーを楽しむリン・チャンや、幼少期に中国からシンガポールへ移住し、祖国に育ての叔父叔母を持つアルフレッド・ゴーが写した2つの国の日常風景など、子供たちが抱くクリエイションを育む試みが見られる。

「IS ANYONE HOME?」の会場風景

|STPI-CREATIVE WORKSHOP & GALLERY

 2002年から運営されている非営利のギャラリー「STPI」も忘れずに訪れたいスポットだ。STPIには巨大な制作スタジオとギャラリーがあり、スタジオではこれまでサム・デュラントやライアン・ガンダー、ディン・Q・レなど国際的なアーティストたちが滞在制作を行ってきたほか、日本からは志賀理江子や束芋、金氏徹平、大竹伸朗らもここで作品を制作してきたシンガポールを代表する版画作品の制作スタジオ。残念ながらスタジオは一般来場者に解放されていないが、ギャラリーは自由に観覧することができる。

STPIのキム・リム展

 3月3日まで開催されているのは、シンガポールに生まれイギリスを拠点に活動した彫刻家、キム・リムの回顧展「KIM LIM: SCULPTING LIGHT」だ。シンガポールに生まれながら、同国内ではこれまで大規模回顧展が一度も開催されたことがないキム・リム。本展はその最初の大規模回顧展となる。

キム・リム展の会場風景

 本展では、キムの光と影の使い方にフォーカス。版画、石彫、木彫など異なる素材にも同じようなカーヴィングを施してきたキム。日本の石庭をはじめとするアジアの文化に親しんでいたという作家の作品は、どれもミニマルで静謐な雰囲気を放つ。どんな美術動向にも左右されず、自然との対話から生み出された作品たち。二次元と三次元を自在に行き来するキムの作品は一見の価値ありだ。

キム・リム展の会場風景

|ラサール芸術大学

 シンガポールの美術大学もぜひ見ておきたい。真っ黒な壁で覆われた敷地内に足を踏み入れると、そこには現代的なガラス張りの建築群。これがシンガポールを代表する美大、ラサール芸術大学だ。7階建ての建物6棟が一つの屋根で覆われた独創的なキャンパスは、シンガポールを拠点とするRSPアーキテクツによる設計。全て傾斜したガラスの壁面はダイナミックで、それだけでも見る価値がある。

ラサール芸術大学のキャンパス

 同大学内でもっとも巨大な展示スペースであるギャラリー1ではアイルランド人アーティスト、ジェス・ジョーンズの個展「Tremble Tremble」展を開催(17年11月4日〜1月28日)。第57回ヴェネチア・ビエンナーレのアイルランド館との共同開催となった同展では、フェミニズムや魔女裁判などの歴史に焦点を当てたジョーンズのインスタレーションを展開。

「Tremble Tremble」展の展示風景

 また同大では、シンガポール政府観光局などと協力し、シンガポールの観光名所でもあるリトル・インディア(インド人街)で「ART WALK」を展開。2015年に始まったこのイベントは、同大の学生がリトル・インディア内で壁画をはじめとする作品を制作・発表するもので、今年は9作品を新たに追加。過去の作品もそのまま残されているので、アートウィーク以外でもリトル・インディアに行けばいつでも見ることができる。

「ART WALK」で学生が手がけた壁画
「ART WALK」で学生が手がけた壁画

 続く第2弾ではマリーナベイサンズで開催されたアートフェア「アートステージ・シンガポール」やアートサイエンスミュージアム、ギャラリー集積地区「ギルマンバラックス」、そしてSAWのラストを飾るイベント「Light to Night Festival」などを紹介する。