イリヤ・カバコフが死去。抑圧された社会で生きた記憶と未来への希望を提示

旧ソ連のドニプロペトロウシク(現ウクライナ)出身のアーティスト、イリヤ・カバコフが5月27日に死去した。89歳だった。

Ilya and Emilia Kabakovのウェブサイト(http://www.kabakov.net/portfolio/)より、左からエミリア・カバコフとイリヤ・カバコフ

 抑圧された社会で生きた自身の経験や記憶と密接な関係を持つ作品を制作してきたアーティスト、イリヤ・カバコフが5月27日に死去した。89歳だった。

 イリヤ・カバコフは、1933年旧ソ連(現ウクライナ)のドニプロペトロウシク出身。スリコフ記念国立モスクワ芸術大学を卒業後、挿絵画家となって生計を立てる。旧ソ連では芸術表現は政府の監視下にあり、前衛的な作家たちは自由な活動を制限されていたが、イリヤもそのひとりであり、児童書などの挿画を手がける傍らで絵画やドローイングを制作し、地下に身を潜めながら非公式で芸術活動を続けていた。

 85年、スイスのベルン美術館で初の海外個展を開催。旧ソ連特有の生活を風刺的に再現した「トータル・インスタレーション(総合空間芸術)」で注目を集め、87年にオーストリアに移住して西欧での活動を本格化させる。89年には後に妻となるエミリアとの共同制作を開始した。92年に結婚したふたりは、ニューヨークに活動拠点を移す。

 93年には第45回ヴェネチア・ビエンナーレにロシア館代表作家として出展し、高い評価を得る。その後も、絵画やオブジェ、音楽、時には鑑賞者の行動を予想しつつ構成した寓意的な空間「トータル・インスタレーション」を世界各地で展開。代表作のひとつ《自分の部屋から宇宙に飛び出した男》(1985〜88)や《決して何も捨てなかった男》(1988)などいずれの作品も、抑圧された社会で生きた自身の経験や記憶と密接にあり、支配の渦中で生きた人々の物語を掬い上げることを重要なテーマのひとつとしてきた。2018年にはソ連政権下のモスクワで非公認芸術家として制作したペインティングから、現在のインスタレーションまでを一堂に集めたイリヤ&エミリア・カバコフの大回顧展「誰もが未来に連れていってもらえるわけではない」がモスクワ・トレチャコフ美術館で開催されている。

 日本では99年に初個展「シャルル・ローゼンタールの人生と創造」(水戸芸術館)を開催。2000年に「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」(新潟)に参加し、稲作の情景を詠んだ詩と、棚田で農作業をする人々の姿をかたどった彫刻作品《棚田》を出展。15年には同作品の新作として、《人生のアーチ》が組み込まれた。

 「大地の芸術祭 2022」では、エミリアとともに2021年末に手がけた新作《手をたずさえる塔》が展示された。塔を照らすライトの色が、世界に幸福な出来事があるときには黄色く、不幸や悲劇の際には青く変わる本作で、世界の気分を共有しようと考えた。この塔が黄色く照らされる日を願っていた。

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