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2021.3.5

バンクシーが旧刑務所の外壁で新作を発表。そこに込められた意味を読み解く

バンクシーが「Create Escape」と題した新作の映像を公開。アメリカの画家でテレビ番組『ボブの絵画教室』で知られるボブ・ロスを引用したこの映像でバンクシーが伝えようとしたメッセージとは?

文=鈴木沓子

バンクシーの新作映像より バンクシー公式ホームページ www.banksy.co.uk 公式インスタグラム @banksy
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 先週末、イギリスのレディング旧刑務所の外壁に出現して「バンクシーの新作ではないか」と話題になっていた壁画が、バンクシー公式ホームページで発表され、本人の作品であることが正式にあきらかになった。アイルランド出身の作家、オスカー・ワイルドが投獄された旧刑務所の再開発計画に反対した、市民による建築保存運動を支援するためだ。

 3月4日、バンクシー公式サイトのトップページに約3分程度の動画が更新された。それはテレビ番組『ボブの絵画教室』のオープニングとエンディングを借用して、バンクシー流「ステンシル画の描き方」を現場からの実況中継風で教えるというもの。

 日本でも1990年代に放送された『ボブの絵画教室』は、アメリカの画家ボブ・ロス(1942〜1995)が、誰でも30分で風景画が描けると謳う油彩のテクニック「ボブ・ロス画法」を伝授するテレビ番組だ。

 この意外なコラボレーション動画は、「ボブ・ロスとバンクシーの絵画の楽しみ」というオープニング・タイトルではじまる。

バンクシーの新作映像より バンクシー公式ホームページ www.banksy.co.uk 公式インスタグラム @banksy
バンクシーの新作映像より バンクシー公式ホームページ www.banksy.co.uk 公式インスタグラム @banksy

「まずは道具を全部出してみましょう。僕と一緒にすばらしい絵が描けるように。いいね?」とボブが語りかけるその後からが、バンクシーの記録映像になる。 まず暗闇の中、ヘッドライトを着けたバンクシーらしき人物が登場。

バンクシーの新作映像より バンクシー公式ホームページ www.banksy.co.uk 公式インスタグラム @banksy

 あらかじめ切り抜いたステンシルの型版を外壁にあて、型版をテープで仮止めすると、上から一気にスプレー塗料を噴き付けたり、ペンキ塗り用のローラーやマーカーペンを使って細部を描く手法を披露した。ただし、アーティストの手もととステンシル画にフォーカスした構図のみで、顔や全身の姿はもちろん撮影されていない。

バンクシーの新作映像より バンクシー公式ホームページ www.banksy.co.uk 公式インスタグラム @banksy

 そして工事用の足場と覆いが外された後の外壁に登場したのは、刑務所から脱走している囚人の姿を描いたステンシル画だ。ドローンで高所から撮影した映像を見ると、たしかに刑務所の壁を乗り越えているように見える。囚人が掴んでいる“命綱”は、通常なら結び目をつけたシーツが定番だが、タイプライターから打ち出された原稿のように見える。

バンクシーの新作映像より バンクシー公式ホームページ www.banksy.co.uk 公式インスタグラム @banksy

 これは、19世紀の作家で同性愛の罪で投獄されたオスカー・ワイルドがモチーフだろう。

 オスカー・ワイルドは、1895年にこのレディング刑務所に収容された。その独房から恋人に宛てた長い手紙を書き、それが後に『獄中記』として刊行された。

 レディング刑務所はイギリス指定建造物2級の建築物で、2013年に閉鎖された後も、その歴史からオスカー・ワイルドゆかりの地、そしてLGBTの聖地として知られている。今後は、建物をリノベーションする形でアート・センターの設立案も立ち上がっており、俳優のケネス・ブラナーやジュディ・デンチらも賛同していた。また、これまでナン・ゴールディンが写真展を行ったり、アイ・ウェイウェイ、ウォルフガング・ティルマンス、パティ・スミスらが参加したグループ展も開催されている。

 しかし閉鎖後の刑務所を管理していた行政側が、毎年数千万円に上る維持費の負担から、2019年、とうとう不動産市場に売り出され、住宅型の再開発計画がはじまっていた。

バンクシーの新作映像より バンクシー公式ホームページ www.banksy.co.uk 公式インスタグラム @banksy

 バンクシーが動画を公開したのは奇しくも3月4日で、イギリスとアイルランドは、この日が「世界図書の日(World Book Day)」となっている。学校などでは、本の登場人物に扮したコスプレをしたり、友だちにオススメしたい本を持参して登校するイベント・デーでもある。

 バンクシーはオスカー・ワイルドの功績を讃える壁画を描き、「世界図書の日」に参加するかたちで、建物の保存運動を支援したのだろう。動画をあえてボブ・ロス風の絵画教室に仕立てたのは、自分の手法や技術を披露することで、DIY精神を後押しし、観る者を扇動する意図があきらかだ。その背景には、不動産価格の高騰で街の富裕化が進み、歴史的建造物さえ市場で買い叩かれるジェントリフィケーションへの抗議がある。

 動画の最後には、仕上がった壁画を見上げる2人の警察官の後ろ姿が映し出されている。「これがすべてのテクニックの中で、もっとも楽しい部分ですよ」と笑うナレーション解説は、グラフィティとは絶対に捕まってはいけないこと、というもっとも大事な教えにほかならない。作品のタイトルは《Create Escape(脱出を創造する)》。映画『大脱走』のもじりである。