2022.1.27

人間はなぜ「つくる」ことを続けるのか? 滋賀県立美術館で多様な才能と出会う

人間にとって重要な才能である「つくる」とは何か。その問いを鑑賞者とともに考える展覧会「人間の才能 生みだすことと生きること」が、滋賀県立美術館で開幕した。

展示風景より
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 人間が持っている重要な才能のひとつである「つくること」。その本質を再確認しようとする展覧会「人間の才能 生みだすことと生きること」が、昨年6月にリニュアルオープンした滋賀県立美術館で開幕した。

 本展で紹介される作家のほとんどは、いわゆるプロのアーティストではない。出品作品のなかには、「アール・ブリュット」と呼ばれるものがあるいっぽうで、そうでないものも含まれている。

 展覧会の開幕に際して同館ディレクター(館長)の保坂健二朗は、「アール・ブリュットの定義は難しい」としつつ、「手短に言うと、美術の専門的教育を受けていない、芸術文化に傷つけられていない人たちが、評価を求めることなく、独自の方法でつくった作品を言う」と話している。

展示風景より

 滋賀県立美術館は、2017年よりアール・ブリュットと呼べる作品の収集を行っており、これまではアール・ブリュットに焦点をあわせた企画展も数度開催してきた。しかしながら、こうした活動に対して、様々な批判的な意見もあったという。

 保坂によれば、「ある作品がアール・ブリュットかどうか、いい作品かどうかは誰が決めるのか」「なんでアートと呼ばず、わざわざアール・ブリュットと呼ぶのか」「美術館は本来評価の確立した芸術家による優れた作品を収蔵して未来に伝えていく場所なのに、評価の定まっていない人による時としてフラジャイルな作品を収蔵するのは美術館として果たして正しいのか」などの声があったという。

 それらの意見への返答でもあるように、アール・ブリュットという概念は今後も必要か、そもそもアートとは何か、そして人間にとって重要な才能である「つくる」とは何か、などの問いを鑑賞者とともに考える場として、本展が企画された。

展示風景より、一部の出展作家の制作風景をとらえた映像作品

 展覧会は、「起」「承」「転」「結」の4章構成。アール・ブリュットという概念の難しさを再確認してから、国内外で注目を集めている日本のアール・ブリュットの作家の作品や、アール・ブリュットの定義にも収まらず主流のアートとも違うような作品を紹介し、そして「生みだすこと」と「生きること」について鑑賞者に考えてもらうというものだ。

 「起」では、まず1945年頃にフランスの芸術家ジャン・デュビュッフェが提唱し広めたアール・ブリュットという言葉の定義や、それと「アウトサイダー・アート」という英語の言葉との違いなどを紹介。会場には、ファッションブランドのコム・デ・ギャルソンが2014年にイギリスのアール・ブリュット専門誌『RAW VISION』をフィーチャーしたDMも並んでおり、美術史の枠に収まらないアール・ブリュットがどのように認知されてきたのかという歴史を振り返る。

展示風景より、コム・デ・ギャルソン2014年DM

 保坂は、「日本国内よりも海外で日本のアール・ブリュットがよく紹介されてきた」と話す。「承」では、国内外で注目を集めているアール・ブリュットの作家が紹介されている。

 ユーモラスな表情を浮かべる不思議な粘土の生き物のようなオブジェをつくる澤田真一や、ハサミで紙を櫛状に細かく切ってゆくことでふわふわとした繊細な立体物を生み出す藤岡祐機、テレビのニュースやインターネットで情報を集め、大きな画用紙にどこにもない空想の都市を緻密に描き出す古久保憲満などの作家は、これまで国内外の展覧会で紹介され注目を集めてきた。

展示風景より、澤田真一の作品群
展示風景より、古久保憲満《3つのパノラマパーク 360度パノラマの世界「観覧車、リニアモーターカー、ビル群、昔現未、鉄道ブリッジ、郊外の街、先住民天然資源のある開発中の街」》(2016)
作家蔵(ボーダレス・アートミュージアムNO-MA寄託)

 鵜飼結一朗は、恐竜の骨や骸骨、動物たちや様々なキャラクターがみっしりと描かれた、妖怪たちが練り歩く百鬼夜行の現代版のような大型の作品を展示。幅82.5センチの画用紙に描かれた作品は右から左に向けてつながるように表現されており、海外のコレクターやミュージアムも数多く収蔵している。今回は14メートルに及ぶ長大な絵巻として展示されており、世界中に散らばっている鵜飼の作品をこのような規模で鑑賞できる貴重な機会となっている。

展示風景より、鵜飼結一朗「妖怪」シリーズ(2020-21) やまなみ工房
© Yuichiro Ukai / Atelier Yamanami Courtesy Yukiko Koide Presents
展示風景より、鵜飼結一朗「妖怪」シリーズ(2020-21) やまなみ工房
© Yuichiro Ukai / Atelier Yamanami Courtesy Yukiko Koide Presents

 そのほか、井村ももか、岡﨑莉望、喜舍場盛也、冨山健二や、今後新たな可能性が期待されているデジタルネイティブ世代のつくり手・上土橋勇樹の作品も展示されている。作家のスタイルには様々な特徴があるが、そのものをつくり続けているという点で一致している。人間が本来持っている圧倒的な創造力を感じとることができるだろう。

展示風景より、井村ももか《ボタンの玉》(2013-21) やまなみ工房
展示風景より、岡﨑莉望の作品群
展示風景より、上土橋勇樹の作品群

 続く「転」では、アール・ブリュットを相対化するような作家やプロジェクトを紹介。前述のように、アール・ブリュットは芸術的文化によって傷つけられていない人による「生(なま)」の芸術と定義づけられている。同章ではまず、障害者たちが専門的な指導やサポートを受けてつくった作品が集まっている。

 京都の亀岡にある知的障害者の入所施設「みずのき」の絵画教室では、1980年から81年にかけてトヨタ財団から助成を受けて、集中的に造形テストを行った。この章では、レッスンを受けていた人たちから福村惣太夫、山崎孝、小笹逸男、吉川敏明の4名をフィーチャーし、造形テストにおける成果と絵画作品を見比べるようにし、それぞれの独特の「才能」をよりわかるようにしている。

展示風景より、左からは「みずのき」の絵画教室で指導を担当した西垣籌一が与えた造形テストのモデルと、小笹逸男、福村惣太夫、山崎孝、吉川敏明の4名による成果
展示風景より、右からは小笹逸男、福村惣太夫、山崎孝、吉川敏明の4名による絵画作品

 ポーランドのアルトゥル・ジミェフスキは、眼の見えない6人が絵を描く様子をとらえた短編映画『Blindly』を展示。制作した絵を物理的に見ることができないものの、その6人は指や足で構図を確認しつつ、自身のポートレイトや風景、動物などを描く。同作を通して、絵とは、描くとは、見えるとは何なのだろうかについて考えることができる。

展示風景より、アルトゥル・ジミェフスキ『Blindly』(2010)
Courtesy the artist, Galerie Peter Kilchmann, Zurich, and Foksal Gallery Foundation, Warsaw

 また、同章では現代美術家・中原浩大の幼少期から高校時代初期までの描画物や学習物、標本なども展示。出品作品は、中原の父親が生前に息子の大事なものとして実家で保管し続けた遺品。これらの資料群を通して、ひとりの子供が社会との色々な接点のなかでどのように変化していったのかを確認することができる。

展示風景より、中原浩大「Educational」(2017)
展示風景より、中原浩大「Educational」(2017)
展示風景より、中原浩大「Educational」(2017)

 最後の「結」では、来場者の「声」を書き込めるミラー状の壁が設置。その意図について、保坂は次のように結んでいる。「我々としては『アートやアール・ブリュットはこうあるべきだ』と言うよりも、問いかけを皆さんにしたい。展覧会をコミュニケーションの場として、ほかの人が書いた意見を見てアール・ブリュットやアートそのものについての理解や関心を深めていただければいいなと思っている」。

会場に設置されたミラー状の壁