江戸時代、尾形光琳(1658〜1716)によって描かれた国宝《燕子花図屏風》は、爛漫と咲き誇るカキツバタの群生を写し取った草花図だ。しかしいっぽうで同作は『伊勢物語』の一節、三河国(現在の愛知県)の八橋(古来から和歌に詠われる名所)の場面にもとづくともいわれている。
今回、自然美とともに「名所」の風景が描かれた《燕子花図屏風》の多面性にちなんで、同作を3章構成で紹介する展覧会「尾形光琳の燕子花図ー寿ぎの江戸絵画ー」が、東京・南青山の根津美術館で開催される。
第1章に並ぶ作品は江戸時代の人々にとって、日常とは異なる「ハレ」の気分の源泉ともなった平安時代以来の公家風俗や王朝文学を題材とするもの。
続く第2章では、《燕子花図屏風》を中心に、江戸初期の宮廷周辺における草花ブームに端を発した草花図が集結。そして本展の締めくくりとなる第3章では、祇園祭に沸く京の都や、社寺参詣や物見遊山の人々でにぎわう各地の名所を描いた作品を堪能できる。
本展は、同館が所蔵する《洛中洛外図屏風》や《名所風俗図屏風》をまとめて紹介する初の機会となる。王朝文化への憧れや草花愛好、祭礼、遊楽などは、いずれも江戸時代が始まってもたらされた太平の世を生きる喜びの現れだ。平和な時代を寿ぐ営みであったとも作品群を堪能したい。