ダイ・イン インタビュー:身体から宇宙へ。日本初個展に見る「生成」の思考【3/4ページ】

「地母マトリクス」という方法

──あなたは「Geo-Maternal Matrix(地母マトリクス)」という概念を提唱しています。この考え方は、どのような問題意識から生まれたのでしょうか。

ダイ 「地母マトリクス」という概念は、長期的な制作のなかで形成されてきたひとつの方法的枠組みであり、身体、大地、生命生成の関係への継続的な思考から生まれています。私は母性をアイデンティティや感情的役割ではなく、包摂や孕育(*2)、変容といった特性を持つ生成的な構造として捉えています。こうした構造は、女性の身体経験や自然界の循環、さらには多様な文明における再生の想像力に通底する、非線形的な論理を示しています。

 「地母マトリクス」における「地」は物質的基盤であると同時に存在論的スケールを、「母性」は生成の原理を指し、この両者が結びつくことで、身体や素材に根ざしながら文化的・宇宙的次元へと開かれる構造が立ち上がります。私の作品では、それが螺旋や同心的拡張、多層的な積染といった形式として現れ、視覚的秩序であると同時に制作の方法として機能しています。

《M-Theory 76》(2025、部分)の展示風景より

 この意味で「地母マトリクス」は、現代のフェミニズムアートに対する方法論的な応答でもあります。女性芸術をたんなるアイデンティティの表象や権力構造への対抗にとどめるのではなく、生成の論理として再編成し、新たな認識の枠組みを提示する必要があると考えています。私にとって重要なのは、女性の経験が身体やエネルギー、世界の関係を再編成する構造的な知へと転換しうるかどうかです。

 したがって、私の制作は女性像を提示すること自体を目的とするのではなく、「地母マトリクス」という構造を通して、女性の経験が世界を拡張し再編成していく能動的な力となりうることを示す試みです。

──あなたの作品には、女性の身体性や母性的な象徴がしばしば現れます。いっぽうで、それはたんなるフェミニズムの表現にとどまらない広がりを持っているようにも感じられます。ご自身ではその関係をどのように捉えていますか。

ダイ 私は自然に女性の身体から出発します。それはもっとも直接的な経験の基盤だからです。同時に母性は、父権的構造への応答としても機能します。生命が子宮と乳房を通して生成されるという事実に基づき、私は女性の身体がいかに視線を揺さぶり、視覚の権力構造を再編成しうるのかに関心を持っています。

 さらに、身体内部に内在する生成、包摂、循環、変容といった構造を再解釈し、それを方法としてより大きな宇宙的秩序へ接続することを試みています。つまり、女性の身体は主題ではなく、世界認識や社会構造を再編成するための方法であり、認識の入口なのです。

 もしこれがフェミニズムと関係するとすれば、それは立場ではなく構造的転換として理解されるべきものです。身体を対象としてではなく、行為として捉え直し、宇宙的構造と社会的秩序を再構成する起点とすることに関心があります。

──作品には、生命の循環やエネルギー、宇宙的な秩序といったテーマが見られます。こうした精神的哲学的な関心は、どのように作品の造形へと結びついているのでしょうか。

ダイ 私にとって、これらの観念はまず言語として存在し、それがイメージへと翻訳されるものではありません。むしろ制作のプロセスのなかで、構造と素材を通して徐々に知覚可能なものとして立ち現れてきます。

 私はしばしば、中軸、同心的拡張、螺旋、あるいは循環といった基本的な形態から出発します。これらの構造は、それ自体に循環と生成の論理を内包しており、身体内部の経験に対応すると同時に、より大きな生命や宇宙のスケールへと拡張していきます。私の作品において、反時計回りの螺旋は、視覚的な経路であると同時に、回帰と再生の構造を示すものであり、異なるシリーズのなかで繰り返し現れ、変容し続けています。

「Lines of Infinity」展の展示風景より

 こうした構造は、一度の構図決定によって成立するものではなく、素材のプロセスのなかで徐々に生成されていきます。宣紙の浸透性、鉱物顔料の沈積、多層的な積染のあいだに生じる重なりと拮抗は、画面に非線形的な時間性をもたらします。つまり、イメージは固定的に「描かれる」のではなく、蓄積、調整、そして時間の経過のなかでゆっくりと立ち現れてくるのです。

 色彩に関しても、身体、大地、そして古代文化における儀礼的文脈と呼応するような体系を意識的に構築しています。例えば、赭色、深い緑、鉄黒といった色はただの視覚的選択ではなく、それぞれ血脈のイメージ、植物的あるいは母体的な存在、そして身体と大地を結びつける生成の力と対応しています。

 したがって、私の作品におけるいわゆる「哲学性」とは、表現されるべき内容ではなく、構造、素材、時間が相互に作用することで生じる生成の状態そのものです。鑑賞者が触れるのは、概念の説明ではなく、いままさに生成しつつある秩序なのです。

*2──妊娠して子供を産む、はらみ育てること。あるいは、比喩的に新しい何かを生み出す、はぐくむ、芽生えさせること。

「Lines of Infinity」展の展示風景より

編集部

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