身体から立ち上がる構造
──あなたの作品には、螺旋構造やエネルギーの循環を思わせる形態が繰り返し現れます。こうしたモチーフは、どのような身体感覚や精神的経験から生まれているのでしょうか。
ダイ 私の作品において、螺旋は繰り返し現れる基礎的な構造であり、とりわけ反時計回りの運動として現れます。私にとってそれは視覚的な装飾要素ではなく、身体的行為に根ざした生成の原型に近いものです。
長期的なリサーチを通して、この構造は異なる文明において繰り返し現れてきたことを認識しました。例えば、先史時代の母神崇拝における生殖に関わるイメージ、ケルト神話における「彼世」への通路、あるいはタントラ思想におけるエネルギー循環の概念などです。これらはそれぞれ異なる文脈を持ちながらも、個体から母体へと回帰し、再生と循環のプロセスへと入っていくという共通の経験構造を示しています。

したがって、私は螺旋を用いる際にこれらの文化を引用しているのではなく、それを一種の構造的な通路として捉えています。それは内向的であると同時に外向的でもあり、身体内部の経験とより大きな宇宙的秩序とを接続するものです。その意味で、螺旋は象徴というよりも、むしろ経路に近い存在です。
この構造はまた、素材のプロセスのなかでさらに強調されます。宣紙(*1)の浸透性、鉱物顔料の沈積、そして多層的な積染によって生まれる拡散関係は、自然に流動的な状態を生成します。
さらに、日常の身体的実践のなかでも、私は螺旋的な運動を行っています。例えば、自らの軸を中心に回転したり、木や古い塔といった対象の周囲を円環状に歩いたりすることで、意識の上昇のプロセスや宇宙との接続を体感します。インスタレーションやパフォーマンスにおいても、このような螺旋的で儀礼的な行為性を重視しています。身体、行為、物質的構造を組織することで、鑑賞者はたんなる観察者にとどまらず、身体記憶やより深層の集合的無意識へと導かれていきます。
したがって、これらの螺旋、循環、拡散といった形式は、視覚言語だけではなく、身体、文化的経験、そして宇宙的構造を接続するための方法なのです。
──宣紙や鉱物顔料、アクリルなど多様な素材を組み合わせたミクストメディアの制作は、どのようなプロセスで進められていますか。
ダイ 私の制作は、一度の操作で完結するものではなく、多層的な積み重ねを通して徐々に形成されていきます。
まず宣紙の上に大まかな滲みをつくり、いわば下地を整えたうえで、その上に継続的に手を加えていきます。宣紙は非常に吸収性が高く、植物性顔料や鉱物顔料は強い滲みと沈積の効果をもたらします。いっぽうで、アクリルや油彩は異なる覆い方や結合のあり方を生み出します。これらの素材はたんに重なり合うのではなく、浸透、抵抗、調整といった関係性のなかで相互に作用しています。

多くの場合、重要なのは色を置いた瞬間ではなく、それが乾いた後に生じる変化です。例えば、輪郭がどのように柔らぐのか、色がどのように沈んでいくのか、あるいは紙と顔料のあいだにどのような新たな関係が立ち上がるのか、といった点です。さらに、宣紙は布地へ裏打ちされる必要があり、このことも素材間の関係を一層複雑にします。
こうした複合的なプロセスは、本質的に予測不可能性を含んでおり、コントロールと偶然性のあいだの緊張関係こそが、作品に生命感を与えていると考えています。
私にとって絵画とは、「結果を描く」ことではなく、素材が時間のなかで自らの秩序を生成していく過程なのです。
──制作時の身体的な動きやリズムが作品に大きく関わっていると伺いました。卓球選手としての経験も含めて、身体性は現在の制作にどのように影響していますか。
ダイ 私は幼少期から、卓球と書道において非常に体系的な訓練を受け、中国の国家青年チームに所属するまでに至りました。この経験は現在の制作に深く影響していますが、それは努力や精神力の物語だけではなく、ひとつの身体的な方法の形成として捉えています。
長期的な訓練を通して、私はリズム、速度、重心の移動、反応性、そして触覚的なコントロールに対して高い感受性を獲得しました。とりわけ手の制御力や、反復のなかで精度の高い判断を維持する能力は、現在の絵画制作に直接的に関わっています。例えば、反復的な点描、輪郭の微細な調整、色層間のわずかな差異の制御といったプロセスは、身体の安定性と持続性に強く依存しています。
そのため、私はあらかじめ固定されたコンセプトを実行するのではなく、多くの場合、訓練された身体と規定されていない思考との相互作用のなかから、概念そのものが徐々に立ち上がってくると感じています。
*1──水墨画や書道作品を書くときに使われる手漉きの書画用紙。



















