ニューヨークでの滞在研究
──柔軟に対応できて、フットワークよく動いていける作家のほうが、現時点の自分の考えに縛られることなく表現を発展させられそうだと期待できますよね。髙橋さんはニューヨークで滞在研究を行うにあたり、斯波さんにどのようなリクエストをされましたか。
髙橋 まず、自分が修復についてメインで学んだ分野がブロンズ彫刻だったので、パブリック・アートのブロンズ彫刻の修復について知りたいと思いました。個別の作品がどのように修復されているかということよりも、アメリカの修復家の方々がどのように仕事をしていて、ベースにどのような考え方があるかに興味があったので、日常の現場を見てみたいというリクエストを出しました。
そうして修復をしている現場を訪れることに加えて、作品を管理している財団であったり、修復した作品が集まるオークションの現場であったり、さらにはニューヨークでブロンズが実際につくられている現場であったり、色々枝分かれしながらリサーチ対象を斯波さんにご提案いただいて、様々な場所を訪れることができました。40ヶ所近くのアポイントメントを取っていただいたんですよ。
斯波 おかげさまで私もだいぶ修復のことに詳しくなれました(笑)。実際にご一緒して、私としても色々と興味深かったです。ニューヨークでしか出会えないような修復や制作の現場はもちろんですが、世界最大のアジア東洋美術の集まるイベントで古美術の保存や修復を見ていただいたり、タイム・ベース・アートを中心とした河原温さんの作品を保護してアーカイヴする「ワン・ミリオン・イヤーズ・ファウンデーション」という財団を訪れたりもしました。河原さんの作品をアーカイヴするとはどういうことだろう、というのは非常にコンセプチュアルな問いだと思いますし、ブロンズなどから派生して、保存修復の概念について考える機会となるのはとても貴重な機会だと私も感じました。
髙橋 保存修復の現場に行くと、修復を通して作品の裏側までが見えてしまう楽しさがあるんですね。作家がどのようにその作品と向き合っていたのか、驚きを得られることもあるのですが、河原温さんの財団を訪れたときもそういった意味も含めてとても印象深かったです。河原温さんの「デイト・ペインティング(*)」のシリーズがありますよね。僕は、かなり作業的に制作した作品だと思っていたんですけど、下地の層の塗り方やキャンバスのつくりなどを見ると、絵画として描いていたとしか考えられないんです。絵画として描かない限り、こんな面倒なことをする必要はないだろうという工程が、ちゃんと痕跡として残っているのです。そういうのを見ると、作品に対する見方がすごく変わります。
斯波 こちらの財団はご遺族の方も入られて運営されているのですが、彼らが極力私観を介入させない、とてもストイックな姿勢で作品の研究やアーカイブをされていることがわかります。
髙橋 河原温さんに限らず財団のスタッフの方にお会いすると、作家の人間性ではなく作品がもつ気配のようなものが、そのままスタッフの方々の空気感になっているように感じることがありました。作品から受ける印象と同じものを財団の空気からも感じるといいますか。作品を保存することと真摯に向き合われているから、自ずとそうなってくるんだろうなと感じられたのはとても貴重な体験でした。やはり、実際に行かないとわからないことだったと思います。
*──「Today」シリーズの別称。ダークグレーの背景に白抜きで年月日の文字を描いた連作絵画。