現代芸術振興財団(会長:前澤友作)が主催するアートアワード「CAFAA賞」は、現代芸術にかかわるアーティストを対象に、次世代の柱となる才能あるアーティストを選抜する賞だ。「CAFAA賞2020」の公募には300件を超える応募があり、書類選考により、同アワードのファイナリストとしてAKI INOMATA、金沢寿美、 田口行弘の3名が選ばれた。ファイナリストにはそれぞれ制作費50万円が支給され、都内で開催される個展に向けて作品を制作。6月1日より東京・六本木のピラミデビル4階にて開催される各作家の個展を経たのち、最終選考にてグランプリ1名が選ばれる。
ファイナリストのひとりであるAKI INOMATAは、都市をかたどったプラスチック製の殻を背負うヤドカリをはじめ、生き物との関わりや関係性を問う作品を制作してきた。彼女が今回のCAFAA2020最終選考の個展で発表する、ビーバーや虫たちとの共作について話を聞いた。
CAFFAに向けて
──INOMATAさんが今回CAFAAで展示する作品について教えてください。
2018年にタイ・ビエンナーレで発表し、19年に十和田市現代美術館でも展示した《彫刻のつくりかた》をさらに発展させたものです。ビーバーは主に河川や湖、沼などで暮らしている生物ですが、周辺に生えている木をかじり倒し、枝などを使ってダムをつくるという習性があります。彼らに角材を渡し、抽象的な彫刻作品をつくってもらい、それを基盤にいろいろな試みを行うというものです。ときにはビーバー自身の身体よりも圧倒的に大きな樹木を倒すこともあります。そこで、彼らに角材を渡し、かじってもらいました。
──ビーバーが彫り出す木の形はどれも違うんですね。中央がくびれた形状になったり、先が尖っていたり。とくにINOMATAさんが指示をしているわけではないのですよね?
作品のテーマがまさにそのあたりなのです。「作品のつくり手は誰なのか? 作者性はどこにあるのか?」が現在の私の興味になっている。木をかじっているのはビーバーなので、ビーバーが実作者と言えますが、木を渡したのは私なので、私が作者とも考えられます。また、ビーバーがかじった木がこのような形になったのにも理由があって、かじりにくい木の節などを避けてかじった結果、こうなったとも考えられます。とすると、じつは何も言わない木がビーバーを操っているとも言える。これらすべての総体が作者であるという考え方もできます。「作品をつくっているのは誰なのか」を考えさせる作品にしていきたいと考えています。
この作品は、5つの動物園とそこで暮らすビーバーたちに協力してもらいました。ビーバーはダムをつくって池をつくり、その真ん中に彼らが安全に暮らせる巣をつくります。自分たちの暮らしのために周囲の環境をつくり替えるビーバーの習性は、人間に通じるものがあると感じています。ビーバー池には、ヘラジカや渡り鳥など、いろいろな動物が集まってきて、新しい生態系が生まれている。ビーバーのものづくりがほかの生き物にも影響をおよぼしているところがとても興味深いと感じています。
そして、彼らがつくり出した彫刻を、3倍のスケールで木彫の作家さんに模刻してもらっています。人間がビーバーの約3倍くらいの大きさということで、その大きさにしました。そうすると、私とビーバーとの関係だけでなく、第三者による創作性が加わります。彫った人の見方や手つきによって、改変されていくプロセスを経て、模刻した人の解釈を含めた立体が出来上がりました。また、CNCという機械で自動的に木材を掘り出した3倍スケールの立体もあるのですが、そこでは人と機械との差異も出てきます。
──模刻であるのに、意思があるものと、ないものとでのアウトプットに相違が出てくるのが興味深いです。
意外にも、機械にも特異性が現れてくるんです。CNCは回転するドリル刃をコンピュータで制御して切削する工作機械です。機械なので、木目の方向や節の堅さを考慮することはありません。ビーバーと違ってCNCは最初に削るルートが決まっているんです。完成させたい形状のデータが先立ってあり、そのデータから最適かつ最短だと思われるドリル刃の動きをあらかじめ計算から割り出して、そのパスに沿って動くように、コンピュータから指令を出す。使用したドリル刃の痕跡が独特な彫り跡として残ります。出てくるものにその癖がついてくる。そこにはビーバーのかじる歯の癖にも通じるものを感じますね。 ビーバーはつねに2本の前歯でかじるので、前歯の幅の2本の並行したノミ跡のようなかじり跡になっています。そうなると、ビーバーがつくった原型をスキャンして、それをそのまま拡大しているだけなのに少しずつずれも出てくる。となると、ますます作者の存在が曖昧になっていきます。
──ビーバーがかじった木材を、人間や機械が模刻するとことで、今度は動物と人間との関係、「つくる」と「つくらされる」の関係も逆転しますね。
そうなんですよ。関係性が変化する。彫刻は、オリジナルを25分の1とか10分の1でつくって、それを業者さんに発注してブロンズで大きくつくってもらうような制作方法があります。その図式に当てはめると、ビーバーがアーティストで、ビーバーがつくった作品がオリジナルになる。それを人間がせっせと模刻するというのがおもしろいなと思って。
ビーバーのかじった木を模刻してくれている竹野優美さんは「面のつながりが予測不可能」とコメントをしています。人間の思考では出てこないつくり方をビーバーが行っているのが、人間が模刻することで見えてくる。新しい発見がたくさん出てくるんです。
──INOMATAさんは生き物との関わりに関する作品を数多く発表されています。今回、この作品を発表しようと思ったのはどのような理由でしょうか?
今回、ビーバーがつくった彫刻のなかにカミキリムシがいて、内部を食べていることがわかったんです。中をCTスキャンしてみたところ、洞窟のような非常に面白いかたちをしていました。グラフィティではないんですが、作品のなかに別のアーティストが勝手に落書きをしたような印象を持ちました。そこから考えをめぐらせて、別の創造性がこの作品に加わったと解釈しました。さらに作者が曖昧になっていく……。そこで、ビーバーによる作品に加えて、カミキリムシの食べた跡をCTスキャンや映像、レントゲン撮影した写真などを加えようと考えています。
生き物との関わり
──INOMATAさんが生物との共創を始めたのはどのようなことがきっかけだったのでしょうか?
学生のときはパソコンでプログラムを書き、それを制御するような作品をつくっていました。人工物と自然物の中間のようなものを模索していたのですが、シミュレーションどおりのものが生まれることが多くて、少々物足りなくなってきたのです。予測のできないものとコラボレーションして、新しい何かが生まれる作品にしたいと感じるようになり、現在に至ります。
ターニングポイントは、2009年に制作した《やどかりに「やど」をわたしてみる》という作品です。当時、広尾にあったフランス大使館が解体されて日本に土地が返還されることとなり、これを記念した展覧会が開催されました。そのとき、その土地が「フランス」であったこと、そして日本に返還されて「日本」になり、さらに60年後にはこの土地に戻ってきて、ふたたび「フランス」になるという話を聞いて衝撃を受けたんです。同じ土地なのに、フランスと日本を行ったり来たりしているのが面白くて。
これがきっかけとなってヤドカリの作品を思いつきました。当時は、ヤドカリが最初につくった「やど」をなかなか背負ってくれず、かたちが当初のプランとは大きく変わっていったんです。けれども、ヤドカリの反応などによって作品が自分のイメージと変わっていくのが非常に面白くて。そこから、他者性が強いものといっしょに何かしたいという気持ちが高まっていったんです。
──それまでのパソコンを使ってシミュレーションし、制作していくプロセスも大きく変わっていったのですね。
自分がすべてを考えるというよりも、ヤドカリやインコ、ビーバーなどの反応を見て、少しずつ発展させていく、セッションのような進め方になりました。研究者の方に話を伺いに行ったり、動物の論文を読んだり、制作の課程でリサーチの割合が多くを占めていると思います。
──CAFAAのファイナリストにノミネートされてから、コロナ禍の影響で展覧会の開催が約1年延期されました。この間にINOMATAさんになにか心境や制作スタイルに変化はありましたか?
表面的にはあんまり変わってないのですが、ゆっくり立ち止まって考える時間をつくることができました。今回の展示は納得のいくプランにブラッシュアップできたと思っています。著作者をめぐる問いという作品コンセプトも変化はないのですが、自分のなかでじっくりと考えることができました。今回、展示に使う音も山まで録音しに行こうと考えています。少しずつ発展できているような気がしています。