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アートの仕事図鑑:展覧会会場の安全を担う国立新美術館の看視業務責任者・小杉脩

展覧会に行くと会場で必ず見かけることになる看視員。都内の美術館で看視業務を受託する株式会社協栄で、国立新美術館の看視業務責任者を担当する小杉脩に仕事の内容や目的、やりがいなどを聞いた。

聞き手・構成=安原真広(ウェブ版「美術手帖」編集部)

小杉脩
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──小杉さんが所属する株式会社協栄について教えてください

 1964年に警備・設備・清掃を中心としたビル総合管理会社として創立された会社です。美術館運営管理業務は1994年の西洋美術館で開催された展覧会「1874年パリ 『第一回印象派展』とその時代」を皮切りに開始し、現在は東京国立近代美術館、国立新美術館、国立西洋美術館、東京都現代美術館、私立館など都内計8館で業務を受託しています。現在は、アルバイトスタッフを併せると600名ほどのスタッフが美術館の運営管理部門に所属しています。

──各美術館内に事業所があり、こちらに運営管理業務のスタッフが常駐しているのですね

 業務を受託している各館に弊社の事業所があります。私は国立新美術館の看視業務責任者として、現場の看視スタッフの業務を統括し、現場指導などをする立場となります。

──小杉さんはどのような経緯で看視員として働くようになったのでしょうか?

 大学は文学系の学部に通っており、授業の一環として美術館に訪れることが多く、その空間に惹かれていたので美術館で働けたらと思うようになりました。2014年に国立新美術館で開催された「オルセー美術館展 印象派の誕生 ―描くことの自由」のときに、求人を見て初めてアルバイトスタッフとして看視員を経験しました。以降、アルバイトから正社員となり、現在に至ります。

小杉脩

──よく求人募集が出ているのは見かけますが、看視員のアルバイトスタッフの男女比や年齢はどのようになっていますか。

 女性が多い傾向にありますね。学生さんもいますが中高年の方も多く、年齢層は幅広いです。私もそうですが、看視員の正規社員の多くが、アルバイトスタッフを経て入社していますね。

──展覧会で看視員が業務をしている姿はよく見かけるのですが、改めて具体的なお仕事内容を教えてください。

 やはり作品保護のために、来館者が作品に触れたり、立ち入ってはいけないところに入ったりすることを防ぐことが一番の責務ですね。もちろん、作品に触れてからそれを止めるのでは後手になってしまうので、展示室内の方々の様子を広く見ておきつつ、作品に近づきそうだったり、あるいは撮影禁止の作品にスマートフォンを向けていたりといった仕草があれば、迅速に声をかけるようにします。

 いっぽうで、看視の仕事は接客業でもあります。来館者のみなさんにとっては入口から出口まで何も声をかけられずに終えるのがベストなわけで、声をかけるという行為自体が、鑑賞の邪魔になってしまうという事実はいつも心に留めています。だから声かけのときの言葉づかいは本当に慎重に選びます。声をかけられたというだけで驚いてしまったり、ショックを受ける方もいらっしゃるので、できるだけ丁寧かつ不快のないように心がけていますし、スタッフにも指導をしています。

──来館者の体験に関わる重要なお仕事ですものね。また、多くの館で明文化されているわけではありませんが、美術館内での来館者の会話はマナーの範疇なので、なかなかコントロールが難しい面もありますよね。

 来館者の会話の扱いは、展覧会の題材によって大きく異なります。例えば近年の国立新美術館の展覧会ですと、「ファッション・イン・ジャパン」や「佐藤可士和展」であれば、来館者同士の会話も豊富で特段気にするような空間ではありませんでしたので、大声で談笑するなどで無い限りは柔軟に対応しました。いっぽうで、歴史的な西洋美術の展覧会は、ひとり静かにじっくりと鑑賞している方も多いので、そういった空間では会話の大きさに気をつかったりもしますね。

美術館看視業務 提供=株式会社協栄

──展覧会ごとに性質が異なるので、その都度臨機応変に体制や対応も変えているということですか。

 インスタレーションや立体作品など、繊細な取り扱いが求められる展示がある場合は、スタッフを重点的に配置したりします。

 また、会期のはじめはまだ来館者の適切な導線や看視のルールなどが定まりきらなかったりするので、会期中に色々とアップデートすることも多いです。本来の見込みよりも来場者が多いということもあり、現場のスタッフたちに大きな負担がかからないように人数を調整します。

 いずれも、展覧会ごとに判断は変わってくるわけですが、その点では経験はとても大事ですね。アルバイトスタッフさんのなかには、私よりずっと看視スタッフのキャリアが長い方もいらっしゃいますので、そういった現場の経験にも耳を傾けながら、多様な展覧会に対応できるようにしています。

──新潟の「越後妻有2022大地の芸術祭」で、来館した中学生によって作品が破損されてしまう事件が報道されましたが、こうした団体来場者の対応で気をつけていることはありますか?

 あの事件のように故意に作品が破壊されるという被害は経験上ないのですが……団体の来場者がいる場合は、展示室の中に入る前にあらかじめ会場内の注意事項を説明するなど、早め早めにルールを周知することを意識しています。ただ、その際も言い方を考慮しながら、頭ごなしにルールを押しつけるのではなく、理由とともに丁寧に説明することを心がけています。

 とくに修学旅行などの場合は、一度も美術館に来たことがない方が来ることもあります。誰でも最初はルールがわからないはずなので、まずはルールを周知することで、今後も美術館に足を運ぶときに意識してもらえるようになればと思っています。

──看視業務のみならず災害などの緊急時の避難誘導や、急病人の看護といった役割も担っているのですよね。

 おっしゃるとおりです。警備員でもあるので、災害などの緊急時に来館者を適切に避難誘導することも重要な仕事です。展覧会ごと、展示室ごとに構造が違うので、避難経路をその都度熟慮しますし、避難口への誘導手順などもスタッフ全員で共有しています。

 また、とくに来場人数が多くなると増えるのですが、会場で体調不良を訴えられたお客様の救護も行うので、蘇生法を始めとした救護の技術も学んでいます。

──展覧会が始まる前には、担当研究員からの展示のレクチャーなどもあるのでしょうか?

 はい、アルバイトスタッフも含めて担当研究員に展示の解説をしてもらい、作品の魅力や見どころ、コンセプトなどを頭に入れています。作品を守っているだけというイメージを持たれているかもしれませんが、作品についての質問などもお答えできる場合があるので、うまく活用していただければと思います。

──10年近く看視員のお仕事をやられて来たわけですが、仕事で求められることなどに変化はありましたか?

 新型コロナウイルス対策関連での感染対策といった変化はありましたが、ほかはそれほど大きな変化はなかったように思います。ただ、より接客業としてのサービスの質を求められるようになったかもしれません。展覧会の入場料が上昇傾向にあるので、会場でもそれなりのサービスが必要だということもありますが、ただ会場でどっしり構えているよりも、もっと話しかけやすい存在であったほうが展示をより楽しんでもらえるだろうという意識の変化はありました。

──ほかに、これは一般の方にあまり知られていないだろうという業務はありますか?

 じつは、展覧会場の清掃業務も看視員の仕事なんです。開場前と閉場後は展示室に異常がないかチェックするのですが、その一環で会場の清掃も行っています。目視でゴミを拾ったり、床拭きをしたり、柵やケースのホコリを取ったりですね。作品に干渉しないところの清掃は基本的に私たちがやっています。

──清掃も担当されているとは知りませんでした。本当に展覧会を開くうえでは無くてはならないお仕事なわけですが、仕事をするなかでやりがいを感じるのはどういった瞬間でしょうか?

 やはりサービス業ですので、目に見えるかたちでの達成というのはあまりないというのが正直なところです。ただ、来館者が帰り際に「あの展示が良かった」などと話していると、この展覧会を支えられてよかったなと思います。また、来館者から「スタッフが親切だった」といった声をもらえると、励みになりますね。

──逆に苦労されていることなどがあれば、教えていただければと思います。

 基本的には立ち仕事なので、体力は使いますね。足が疲れないような靴を選んだり、スーツも自前の黒と決まっているので、できるだけ快適なものを選んだりなど、工夫をしています。

──最後に、来館される方々に看視員というお仕事の立場からメッセージがあれば。

 看視員のスタッフの多くが美術や美術館を好きで仕事をしています。先程もお伝えしましたが、作品の説明なども丁寧にお伝えしますので、もしわからないことや興味を持ったことがあれば、気軽に話しかけていただければと思います。