ついに上陸する「ダンス リフレクションズ by ヴァン クリーフ&アーペル」。ディレクターたちが語るその魅力

ヴァン クリーフ&アーペルによるモダン/コンテンポラリーダンスのメセナ活動「ダンス リフレクションズ by ヴァン クリーフ&アーペル」(10月4日〜11月16日)が今秋日本で開催される。一部の公演は「KYOTO EXPERIMENT 2024」のプログラムにも組み込まれ、会場は京都芸術センター、ロームシアター京都、京都芸術劇場 春秋座、彩の国さいたま芸術劇場と京都と埼玉にわたる。

聞き手・文=安原真広 撮影=手塚なつめ

左から小倉由佳子(ロームシアター京都・プログラムディレクター)、セルジュ・ローラン(ヴァン クリーフ&アーペル ダンス&カルチャープログラム ディレクター)、佐藤まいみ(彩の国さいたま芸術劇場・アドバイザー)、ジュリエット・礼子・ナップ(KYOTO EXPERIMENT・共同ディレクター) 

 フランスのハイジュエリーメゾン、ヴァン クリーフ&アーペルが取り組むモダン/コンテンポラリーダンスのメセナ活動「ダンス リフレクションズ」。その一環として、これまでロンドン、香港、ニューヨークで開催されてきたモダン/コンテンポラリーダンスの祭典「ダンス リフレクションズ by ヴァン クリーフ&アーペル」が、10月14日〜11月16日に日本で開催される。一部の公演は「KYOTO EXPERIMENT 2024」のプログラムにも組み込まれ、ロームシアター京都、京都芸術センター、京都芸術劇場 春秋座、彩の国さいたま芸術劇場で展開される。

 本祭典に先駆け、ヴァン クリーフ&アーペル ダンス&カルチャープログラム ディレクターのセルジュ・ローラン、パートナーとなるロームシアター京都の小倉由佳子、KYOTO EXPERIMENTのジュリエット・礼子・ナップ、彩の国さいたま芸術劇場の佐藤まいみの4人に話を聞いた。

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セルジュ・ローランが語るダンス リフレクションズを日本で行う意義

──ダンス リフレクションズを日本で開催するにあたって、どのような反応を期待していますか。

セルジュ・ローラン ダンスを見るという経験、ダンスの想像力を多くの方と共有すること。それこそが私が期待していることですね。それは私の仕事でもあり、つねに作品と観客との出会いをできるだけ増やそうと努力しています。

 ダンスを含め、アートというのはひとつの言語です。すべての言語がそうであるように、 会話をするため、あるいは交流するためにあります。必ずしも知性を通して理解するのではなく、感覚によって受け取るものではないでしょうか。だからこそ、ダンス リフレクションズは様々な国、様々な文脈において開催することができるわけです。

セルジュ・ローラン

──まさに観客の反応が鏡のように共鳴し合う「リフレクション」であると。

ローラン おっしゃる通りです。「リフレクション」という言葉にはおもに「鏡に映す」という意味と、「振り返って考える」という意味があります。作品に初めて出会った瞬間を出発点とし、作品から照り返される様々なことを考えたり、自分を顧みたりするわけですね。その体験を通じて、自分の世界を見る目も変わっていくのです。

 例えば、今回のプログラムで招聘するクリスチャン・リゾーは、イスタンブールで目撃した男性の踊り手たちによるダンスからインスピレーションを得て創作された『D'après une histoire vraie-本当にあった話から』を上演します。これは2013年の作品なので、初演されてから約10年以上も経っているわけです。リゾーはもっと新しい作品をつくっていますが、私は彼に約10年以上前のプログラムを上演してほしかった。本作から生まれるものがとても多いと知っているからです。

クリスチャン・リゾー『D'après une histoire vraie-本当にあった話から』 © Van Cleef & Arpels SA - Marc Domage

 観客は作品を見たあとも、つねに思い出し想像力の糧とする。作品はつねに終わりではなく出発点なのです。そして、観客が気に入るかどうかとはまったく別の次元で、見た人の記憶に残る。それこそがこの仕事の喜びなのです。

──ダンス リフレクションズがスタートしてから4年が経ち、世界各国で実施されてきましたが、このプロジェクトから得られたものを教えてください。

ローラン ダンス リフレクションズは継続することにも大きな価値があると思っています。つまり、まだたった4年、なにかを成したと言うには早すぎます。ただ、ひとつの企業がモダン/コンテンポラリーダンスを支えるという使命に、私は応えてこられたと自負しています。

──ポストモダンダンス/コンテンポラリーダンスの価値をお話いただきましたが、いっぽうでとくに日本においては、こうしたダンスと現代美術は近しいようでいて、距離を感じている人が少なくないと思います。やはり美術といえば絵画や彫刻といったマテリアルが必要、という先入観が支配的だと思うことも多いのですが、この距離を縮めるためにはどのような努力が求められるでしょうか。

ローラン それは大変興味深い考察だと思います。いまでこそフランスでは、コンテンポラリーアートの観客は、モダン/コンテンポラリーダンスに対しても大変興味を持ってくれていると思います。

 ただ、フランスにおいても以前までは美術と演劇はジャンルとして別のものとして扱われることが多く、90年代ごろからそれを近づけようとする努力が行われてきたのです。様々な美術館やギャラリーがプログラムの中にダンスを入れるようになりました。例えば、私がいたポンピドゥーセンターもそうですし、カルティエ現代美術財団もそうです。その結果、少しずつ、美術とダンスのあいだに関係が構築されたわけです。

 ダンス リフレクションズの日本における使命として、もしかすると美術とダンスのあいだをつなぐというものがあるのかもしれませんね。これは美術である、これはダンスである、という話をするのではなく、その創作性を見る目を持つことが大切だと思います。

セルジュ・ローラン

 例えば、現代美術とモダンダンス/コンテンポラリーダンスについて何かしらのコメントをするときには、同様の文脈にある表現が使われていることに気がつくはずです。そもそも、共通項がたくさんあるわけです。

 かくいう私自身も現代美術からモダンダンス/コンテンポラリーダンスへと専門を移した人間です。なぜダンスをおもしろいと思ったのかというと、それは身体性が美術と共通していたからでしょう。絵画にしても彫刻にしても、そこには多かれ少なかれ身体が必要になります。ダンスはこの身体を最大限に活用することで、より普遍性を問える媒体だと思います。ぜひ、本祭典に多くの現代美術ファンにも訪れてもらい、興味の幅を広げてもらえると嬉しいです。

ロームシアター京都、KYOTO EXPEREMENT、彩の国さいたま芸術劇場。それぞれの期待

 続いて、「ダンス リフレクションズ」フェスティバルのコラボレーション相手となる小倉由佳子(ロームシアター京都・プログラムディレクター)、ジュリエット・礼子・ナップ(KYOTO EXPEREMENT・共同ディレクター)、佐藤まいみ(彩の国さいたま芸術劇場・アドバイザー)に、それぞれが期待することについて話を聞いた。

左からジュリエット・礼子・ナップ(KYOTO EXPEREMENT・共同ディレクター) 、小倉由佳子(ロームシアター京都・プログラムディレクター)、佐藤まいみ(彩の国さいたま芸術劇場・アドバイザー)

──まずはそれぞれの劇場/プログラムにおいて、「ダンス リフレクションズ by ヴァン クリーフ&アーペル」を開催することにいかなる意味があると考えているのか、教えていただけますか。

小倉由佳子 ロームシアター京都、つまり劇場という場所では、コアな観客層を育てる意識を持ちつつ、同時に、より幅広い層のお客さんに来てほしいとつねに考えながらプログラムを組んでいます。今回、「ダンス リフレクションズ」とともに公演を行うことで、ファッションに興味のある方はもちろん、 私たちが普段発信しているのとは違うメッセージを受け取ってくれるお客さんが増えることを期待しています。

小倉由佳子

 また、いまは為替レートの問題もあり、いま、海外のカンパニーを招聘するということがすごく難しくなっています。そうなると、集客等を考慮して、すでに名が知られていたり、実績が豊富なアーティストの招聘を優先してしまう傾向がありますが、「ダンス リフレクションズ」によって若く挑戦的な公演を実現することができる。例えば、今回初来日をするマルコ・ダ・シウヴァ・フェレイラの『カルカサ』を実施できるのは、このフェスティバルならではだと思います。

マルコ・ダ・シウヴァ・フェレイラ『カルカサ』  © Van Cleef & Arpels SA - Guidance

ジュリエット・礼子・ナップ 私たちKYOTO EXPEREMENTも、日本でもっとポストモダン/コンテポラリーダンスを紹介できれば若いダンサーやアーティストに刺激になるのではないか、とつねに考えています。昨年、ダンス リフレクションズとのコラボレーションプログラムのひとつとして、ポストモダンダンスの振付界の巨匠、ルシンダ・チャイルズの作品を、その姪で新進気鋭の振付家、ルース・チャイルズが現代に蘇らせるパフォーマンスを京都市京セラ美術館で上演した際は、現代美術ファンのお客さんも多く足を運んでくれたので手応えがありました。

 今回の上演を観た京都の若いアーティストがそれを創作の種にして、5年後、あるいは10年後に新たなものをつくり出してくれることを期待しています。

ジュリエット・礼子・ナップ

佐藤まいみ 彩の国さいたま芸術劇場は、世界的に活躍しているポストモダンダンスのプログラムを展開する劇場として広い観客層に注目され支持されてきています。でも近年は日本経済の失速もあり劇場に対する公的な予算が年々減少していて、その方向性の維持が難しくなっていました。

 3年ほど前ですが「ダンス リフレクションズ by ヴァン クリーフ&アーペル 」フェスティバルのディレクターのセルジュ・ローラン氏から次はどんなプログラムを考えているのとお声がけいただきました。そのときに準備していた公演をサポートしてもらったことで、予算的にも気持ちに余裕ができて企画を進めることができました。今回は埼玉と京都の複数の会場をつないでの規模のおおきなフェスティバルになっていて、それぞれの組織や劇場の経済力だけでは実現がむずかしい多様性に富んだ刺激的なプログラムになっています。このようなこれまでにない組み合わせでのダンス・フェスティバルは、参加した劇場にとってだけではなく観客やアーティストにとっても嬉しい企画だと思いますし、広くは日本の芸術界にとってもおおきな意義があるフェスティバルになっていると感じます。

佐藤まいみ

──みなさんは現在、公演のための準備を進めているわけですが、そのなかでどういった発見や気づきがありましたか。

ナップ ヴァン クリーフ&アーペルのチームといっしょに企画を進めていくわけですが、どういった層にアプローチするために広報をするのか、という知見が本当に豊かで、力強さを感じています。新たな層にアプローチできるのではないか、という期待感をこうした広報面でも感じていますね。そうしてアプローチできたお客さんが、今後KYOTO EXPEREMENTのほかのプログラムに興味を持ってもらえるきっかけになってくれればとも思っています。

小倉 ジュリエットさんがおっしゃられていた広報面はもちろん、コロナ禍で現地を訪れることが叶わず、生の情報がなかなか入ってこなかったヨーロッパのモダン/コンテンポラリーダンスの状況を、セルジュさんをはじめとするヴァン クリーフ&アーペルのチームと仕事をすることで知ることができたことも大きいですね。

佐藤 本フェスティバル期間中に彩の国さいたま芸術劇場で公演するのは2作品です。ひとつはクリスチャン・リゾーによる『D’après une histoire vraie―本当にあった話から』、もうひとつはラシッド・ウランダンによる『Corps extrêmes―身体の極限で』です。リゾーはデザインとロック音楽の世界からダンス界に飛び込んできたアーティストですが、この作品では国を持たない架空の民族舞踊の創作に挑戦しています。今の世界を考えるテーマがいっぱい盛り込まれています。

 ウランダンはストリートダンスからコンテンポラリーダンスの世界に入ってきました。独自のドキュメンタリー的手法で作品に取り組んできたアーティストですが、今作では超高所綱渡り(ハイライナー)などのスーパープレイを見せるだけではなく、観客には見えない演者の心情に深く迫る作品になっています。両公演ともに、ぜひ見ていただきたいです。

 両プログラムはセルジュ氏と話し合いながら決めていきました。リゾーもウランダンもよく知っているアーティストではありましたが、コロナ禍が終わっても円安が加速していく中で、海外に出て作品を見ることができない時間が長く続いていたので ヴァン クリーフ&アーペルによるサポートはもちろん、セルジュ氏の助言にとても助けられました。このパワフルな「ダンス リフレクションズ by ヴァン クリーフ&アーペル フェスティバル」が原動力となって多くの新たな観客に出会えることを楽しみにしています。

ラシッド・ウランダン『Corps extrêmes ─ 身体の極限で』  Compagnie de Chaillot
© Van Cleef & Arpels SA - Pascale Cholette

編集部

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