「JINP」のキーワードは、日本の「伝統文化」×「現代文化」。ブロックチェーン技術を活用し、保存することを目的にこのプロジェクトは立ち上げられた。プロジェクトの第2弾として発表される「温故知新」は、世界に類を見ない技術と表現が受け継がれてきた日本の伝統工芸作品の価値を、世代や国を超えて伝えていく挑戦だ。漆芸家であり重要無形文化財「蒔絵」保持者(人間国宝)の室瀬和美、染織家であり重要無形文化財「紋紗」保持者(人間国宝)の土屋順紀、そして陶芸家として磁器の表現を追求する神農巌による伝統工芸作品が、世界的に人気を集めるフォトグラファー・RKのディレクションでNFT作品となる。
「温故知新」では、「伝統工芸作品」が「現代アート&NFT」と掛け合わさり、1点モノNFTと3D NFTエディションが発表される。1点モノに関しては、RKが実際に工芸作品の背景となる動画を各地で撮り下ろし、3Dスキャンした工芸作品を手に取るようにメタバースで愛でることができる作品だ。オークション形式での販売を予定している。いっぽうの3D NFTエディションは、伝統工芸作品を忠実に再現したデジタルデータであり、やはり直接目にすることが難しい作品をサイバー空間にディスプレイできるなど、伝統工芸の世界に触れる入口としても魅力的な作品だ。
「JINP」を運営するサイバーエージェントグループ株式会社OENで、NFT局部長を務める小林崇人にプロジェクトの目的や立ち上げた経緯を聞くことから取材をスタートした。
まったく想像がつかない世界だからこそチャレンジを
──「JINP」をどのような意図で立ち上げ、伝統工芸をNFTと結びつけることになったのでしょうか。
小林 NFTのブームが一気に広まり、現在も日々トレンドが変化し続けている状態なのですが、少し前に日本の文化を都合よく解釈したプロジェクトが海外で乱立した時期がありました。そういった状況を見て、本当の日本文化の魅力を正確に伝えるプロジェクトをできないかと、社内で議論をしたことが最初のきっかけです。第1弾では「十人十色」のタイトルで「和色」をテーマにした作品を発表したのですが、第2弾として「温故知新」プロジェクトを企画したのは、長きにわたる知恵が凝縮された伝統工芸から新しいNFTアート作品が生まれることで、世界のコレクターに向けて日本の伝統工芸の魅力を発信できると考えたからです。
──室瀬先生は、小林さんからプロジェクトへの参加依頼を受けたときにどのようなことをお感じになりましたか。
室瀬 伝統的な文化に直結した工芸の世界で活動をしていると、なかなか最先端のテクノロジーと出会う機会はありませんが、小林さんにNFTのことを丁寧にご説明いただいて、漠然としたイメージを持てるようになってきました。伝統文化の王道で制作活動を行う我々と、真逆に近いRKさんのような最先端の表現者とのコラボレーションを提案されたときに、まったく想像がつかない世界だからこそ、逆にチャレンジしてもいいのではないかと思えるようになりました。
──NFTの説明をお聞きになりながら、手探り状態だったからこそ、そこに可能性を感じられたということですね。
室瀬 本当に真っ暗闇を手探りで進むような状態ですよ(笑)。我々は実材という、自然から生まれた素材を用いて手業でものをつくるという、長い歴史のある分野で制作してきました。例えば蒔絵という技法は、1300年にわたってほとんど変わっていません。制作技術のレベルもほとんど変わることなく現代まで受け継がれている、日本にしかない文化です。いっぽうで、技術や素材は変わっていないのだけど、時代ごとに過去にはなかった感覚とデザインによる表現が生まれています。革新を続ける工芸の世界を多くの人々に知っていただくためにも、今回のお話はとても有意義な機会になると思いました。
大事なのは互いの「バランス」
──SNSをきっかけに世界的に知名度が上がり、幅広く活躍されているRKさんがクリエイティブディレクターを務めます。RKさんは室瀬先生の作品をご覧になり、どのようなヴィジュアルプランを立てたのでしょうか。
RK まずはもちろん日本で撮らなければいけないということが大前提にあり、いかに自分が普段からカッコいいと感じているものと組み合わせられるかを考えました。作品が魅力的ですから、それに合わせて、背景もカッコよくないといけませんよね。そこは妥協できないなと。ただ、どちらも主張しすぎると、組み合わさったときに破綻することも考えられるので、そこのバランスをどうするかというのはとても意識しましたね。
──室瀬先生の作品を引き立てながらも、完全に負けてしまってはNFT作品としての魅力が生まれない、と考えたわけですね。
RK そうですね。主張するべきは室瀬先生の作品ですが、後ろもやっぱり負けてはいけない。日頃から被写体と背景が同調するように心がけているので、そのバランスには注意を払いました。僕の写真はパンフォーカスが売りなので、そこを活かしつつ、先生の作品の背景として本当に若干全体をぼかす操作をしました。黒い漆の作品にとって、環境の光、そこへの写り込みというのはとても重要なので、撮影の際には、露出を変えながら何枚も撮影し、それを重ね合わせてリアリティを出そうと試みました。作品を引き立たせるために、そのプロセスはとても重要でした。
──漆に写り込む景色が日本の風土を感じさせる点も、今回の作品が蒔絵作品の魅力を伝えることに効果的だと感じました。
RK 自分がカッコいいと思える世界観をつくりたいというのは、今回もファッション撮影でも同じです。同じコーディネートの中にライバルブランドの服が入っていたらおかしいですよね。そういうところなんですよ。なんでこの背景なのか、っていうのがつながらなかったら台無しですから。絵に込められた背景というのも自分なりに感じましたし、初めて行って撮影した場所もありましたから、撮影を通して発見もあってすごく刺激になりました。
室瀬 RKさんがおっしゃるように、自己主張をしないといけないけど、お互いにぶつかり合ってもいけないというバランスが大事ですよね。今回のコラボレーションを通して、最先端の表現をするRKさんと、我々の工芸の世界もまったく一緒だと感じました。革新の積み重ねで伝統が築かれていく、というのが伝統工芸の世界ですから、つねに創作の感性は磨かないといけない。RKさんの感性、色彩感覚というのは素晴らしいと感じましたし、今回このようなNFT作品が生まれたことも嬉しかったですが、こうやって一緒にお仕事できた体験が何よりも貴重な財産だと思っています。
RK 本当に恐れ多いです。でもお話ししながら感じたのは、室瀬先生はある意味、パンクなんですよね(笑)。技術などを受け継ぎながら、過去の表現をなぞることはしないわけです。そうじゃないとやっぱり新しいものは絶対に生まれないし、新しい考えを受け入れることはできませんよね。1300年受け継がれてきた伝統工芸のすごさの裏側にパンクを感じましたね。
伝統とNFTの最先端は何ひとつ変わらない
──確かに、実材と手業によってものをつくり、茶の湯の世界などで用いられて愛でられる伝統工芸の分野と、デジタルデータ化して作品にするという発想は相容れないように思えますが、過去にしがみついていたら伝統も廃れてしまいますよね。
室瀬 日本には、工芸品によって日常生活の中に美術的な要素を組み込むという文化があります。西洋だと美術館に行って楽しむ芸術の歴史がありますが、日本の場合は、日常生活の中で美を楽しむ文化が根付いてきたわけです。日本に限定せず、東洋独自の思想ですよね。それが日本では1000年以上かけて培われてきた。21世紀に入り、人間が自己主張だけでものを生産する時代が行き詰まってきています。そういう時代になり、使い手など相手を思い、美を考え、人間性を持ってものづくりが行われている日本の伝統工芸を、世界の人にも知っていただけるのは、日本にとっても世界にとっても有意義ではないかと思いますね。
RK まさに世界中の人に伝えられることは大きいと思います。デジタルですが、高精細の3Dデータで本当に細かいところまで伝えられますし、それが今回の一番大事な点としてみんなが共有していた部分だと思います。
──世界の人にメタバース空間で工芸作品を手に取ってもらえることで、リアルな世界で工芸に触れてみたいと思える入口になることも今回のプロジェクトの魅力のひとつだと感じています。
小林 作品をご購入いただいた方に、プラスアルファとしてのメリットを還元することも考えているのですが、室瀬先生にご相談させていただくなかで、やはり現物をご覧になって感じていただくに勝る部分はないという話になりました。実際に展示会で解説させていただく機会を設けたり、1点モノをご購入いただいた方には、工房にご招待して現場を見学していただける機会を設けたりするなど、いくつかプランが出ていて検討を進めています。
室瀬 当たり前のことかもしれませんが、実材というのは、実際に触れて、その温度や皮膚感、重さなども含めて、現物に触れない限りわからない人間の感触ってありますよね。今回の3Dデータ化に際しては、素材の質感、漆の輝きと奥行き、そういったものが実物と変わらないものになるように入念に確認させていただきました。出し戻しを重ね、手で触れられるような現実感を表現していただけたのは、本当に素晴らしいことだと思います。
──そうして生まれたNFT作品を所有するということは、通常であれば金額的にも手に届かないような工芸作品を身近に感じるきっかけとなります。
室瀬 伝統という言葉だけで古臭いイメージを既成概念として持っていらっしゃる方も多いと思うので、そうではなく、新しいものなんだと覆せるぐらいの力が、今回の作品にはあると思いますね。
RK ブロックチェーンというのは記号の羅列ですが、二次流通、三次流通となっても、名前がそこに残るのがNFTの素晴らしい点だと思います。持ち主が変わっても、それがどこにあるか履歴が更新され続けるわけです。1300年の革新の積み重ねという蒔絵の歴史をブロックチェーン上に刻めたことが、やっぱりすごいことだと思います。全世界に共有されるわけですから、日本にとっても素晴らしいことですよね。
室瀬 いまおっしゃったように、1300年をNFT作品に凝縮して発信できることには、私たちだけでは考えられなかった伝統工芸の新たな世界に入っていくような感覚を抱いています。これを単発で終わらせるのではなく、やはり継続して発信していかなければ意味がない気がしています。技術というかたちのないものが受け継がれて、そこからいままで想像しなかった新しいかたちが生み出されていく。それが蒔絵の世界で繰り返されてきたのですが、RKさんもやはり、無形文化財の仕事と同じで、かたちのない感性と技で作品をつくっていらっしゃる。我々の伝統とNFTの最先端は何ひとつ変わらないと感じられましたし、これを同世代の色々な分野のつくり手たちにも知ってもらいたいと思いますね。