「再生社会」の実現を目指す国際非営利団体「weMORI」が、アーティスト・コムアイとアートディレクター・村田実莉が主催するアーティストコレクティブ「HYPE FREE WATER」とタッグを組み、今年4月にNFT映像作品《HYPE FREE WATER × HYPER TREE》をローンチした。動画とGIFよる計5種類の作品は、テゾスブロックチェーンを使用するマーケットプレイス「objkt.com」のギャラリー「HYPER TREE GALLERY」で出品され、瞬く間に動画とGIF作品が3点とも即完。しかし、今回の彼らの目的はNFT作品の発表ではなく、あくまでも作品販売を通してその売上の50パーセントをマダガスカル島の森林保護へ寄付する仕組みをつくることだった。
NFTの明るい話題は絶えない昨今だが、いっぽうでマイニングのために大量な電力消費を行うことで起きる環境負荷も危惧されている。HYPER TREE GALLERYが今回使用した通貨「テゾス」は、イーサリアムと比較すると0.00003パーセントのエネルギー消費として環境負荷が少ないというもの(*1)。weMORI代表・清水イアンの自宅にてゆるやかなテンションに包まれながら、3人それぞれの目線──NPO団体、アーティスト、音楽家──でNFT×環境問題について語り合う。
──今回NFT作品を出すこととなった経緯を教えてください。
清水イアン(以下、清水) もともとweMORIのアプリをローンチするのと同時期に、SNSプロモーション用の動画として制作したことが始まりでした。weMORIのアプリを使って、森林伐採へのアクションを起こせば、誰でも毎日100円でヒーローになれる「everyday hero」というweMORIのコンセプトをもとにした映像作品になっていて。
村田実莉(以下、村田) プロモーションではあるけど、普通の広告になりすぎないようにつくっていったよね。気候変動に関係する恐怖感も交えながら、このアプリでは楽しく植林をサポートしてみんなヒーローになれるというストーリーを表現しました。
コムアイ 真剣なんだかアホなんだかわからないテンションが良い仕上がりになってるよね! weMORIチームのメンバーも出演してくれたし。
清水 そのあとアプリも動画もスケジュール通りには進まず、やっとローンチできたとしても運転資金に困って。ちょうどそのときに、Beepleの作品が話題となってNFTについて調べていくうちに「どうやらweMORIがアプリ上で行っている寄付の仕組みも応用できそうだな」と思って、そこからHYPE FREE WATERマネージャーのエリンガム梨那、モデルのサリス・レイヤと一緒に、映像をNFT作品としてローンチするためのリサーチを半年間重ねていきました。
──NFT第一ブームを経て、2021年後半頃からプッシー・ライオットをはじめに、NFT作品を経由して寄付を行う活動は登場してきていますね。
清水 ローンチした頃は、まだ「環境×ブロックチェーン」の取り組み自体そんなになかったと思います。いまもしっかりとギャラリー機能を使って寄付先の透明性まで公開しているところは少ないですね。
コムアイ でもweMORIであれば、もともと世界中の森林保護団体とパートナーを組みながら課題解決をしてきたから、そのコネクションが活用できてるよね。
村田 去年はメキシコに行ってたよね?
清水 メキシコ、ベリーズに行ってできるだけ森を見る毎日だったね。よくあるのが、現場を理解しないで、お金を渡すから森を増やしてと丸投げするパターン。でも実際は、森林伐採している背景には現地の人が家を建てていたり、農業を営む生活のニーズが起因している場合もあるから、一概に森を増やせばいいってことじゃないと思っています。いい架け橋になるためには、やっぱり、いかに現場レベルの課題を共有して解決に向かうための手段を考えながら着実に現場の役に立つかどうかってところだから。そういう意味で、今回のNFTもひとつの架け橋としてとらえています。
──NFT作品を購入すると、どのような方法で森林保護のコミュニティに寄付されるのでしょうか?
清水 作家が作品証明書として寄付のパーセンテージを決められるようになっています。今回の場合は、購入金額のうち50パーセントを寄付に設定したので、リセールしてもまた50パーセントがマダガスカル島の森林保護の寄付に回る仕組みになっています。
──半年間のリサーチを進めるなかで、一番難しかったポイントは?
清水 環境負荷の観点で、どの通貨を使うべきなのか悩みましたね。じつはマイニングで大量のデータベースにアクセスしていくエネルギー消費量が環境負荷をかなりかけています(*2)。実際に中国では国土全体のエネルギー消費量を考慮して、法律的にビットコイン使用・マイニングについても全面的に制限がかけられているのが現状です(*3)。カナダでは過疎化した地域にあるダムを使って、水力発電からマイニングを行っている再生エネルギーの取り組みもあります。いっぽうで環境問題への配慮を気にしながらも、クリエイティブ面でのクオリティも担保しているマーケットはまだまだ当時少なく、唯一見つけたマーケットプレイス「objkt」でその実現性のバランスを見出せました。
コムアイ グローバル化しているからこそ、エネルギー消費量について一概に法律規制ができないもんね。じつは、このプロジェクトに参加するまでは個人的にNFTには否定的な印象を持っていたんです。環境負荷をかけながらお金儲けをするって仕組みに懐疑的で、「それならやらなくてもよくない?」と思っていて。でもNFTが話題になるなかで、環境問題に触れられてることって意外と少ないよね。
清水 海外ではすでに話されていることが多いかもしれないけどね。まさにローンチするまでの初期段階では、いま一番取引量が多い通貨として知られているイーサリアムが、ちょうど環境に良い方向へ移行すると聞いて待っていたんだけど、ここ数年で何度か試みるものの失敗に終わっていた。そうしたときに出てきたのが、テゾスだった。テゾスに対応するマーケットプレイスとして、当時「OpenSea」についで2番目に有名だった「HEN(Hic Et Nunc)」を候補にしていたんだけど、最終的にオークション機能もある「objkt」で出品することにしたんだよね。
──ローンチしたときのリアクションは、どうでしたか?
清水 動画作品2点とも24時間以内には売れました。けど、コムちゃんへのコメントは賛否両論だったよね......。
コムアイ 両論どころかほぼ反論だった。最初ローンチしたときに、どの通貨を使っているか伝え忘れちゃって。そうしたら、英語圏から「NFTで森林保護にプロフィットを回すって理にかなってない」ってネガティブなコメントが多くてびっくりした。でもビットコインやイーサリアムを使うNFTがほとんどだから、そりゃそう思うよな、と。逆に、日本語圏ではそう言ったコメントが付かなくて認知度のギャップを感じてショックだったかな。
清水 ある意味、マーケットが二分化してるとも言えるよね。メインストリームの作品を買っている人たちに対して、クリーンなブロックチェーンもたくさんあることがもっと届いてもいいのになと思ってる。
村田 通貨とマーケットの相性も、よりバリエーションが増えたらいいよね。「OpenSea」が一人勝ちしている以上、作家としてはやっぱりそこで出したいって自然に思ってしまうし、だからこそテゾスを使ったobjktのようなプラットフォームが選択肢としてあるのはいいと思う。
──村田さんとしては今回のプロジェクトに限らず、作家としてNFTの現状をどう感じていますか?
村田 いまNFTは第3次ブームくらいまできていると思うのですが、今後InstagramでもNFT機能がついたり、ますます参加する間口が増えていくことで、若手作家もうまくいけば一花咲かせる良いチャンスになるのかなと思ってます。
清水 民主化だよね。これからNFT作品をローンチする予定はあるの?
村田 6月下旬にNYで開催するイベント「NFT NYC」にサイキックVRラボのブースで、作品を発表する予定。そこでは、タイムズスクエアの景色に携帯をかざすと画面上にARで作家が描いたシーンが映し出されて、そのシーンごとに買えるような仕組みになっていて。初めての試みだから、どうなるのか現地でリアクションを見てこようと思ってる。
──音楽は民主化しているからこそ、著作権やプラットフォームなど規制が明確化されつつ、個々人が生活のなかで楽しめるようになってますよね。いっぽうで、コムアイさんがいま取り組んでいるインドで口頭伝承として習っている歌はまた所有や価値のあり方が違うと思うのですが、両方体験してみた現在、どのように感じていますか?
コムアイ 古典芸能の好きなところは、長い歴史のなかでたくさんの人の手や口を経て受け継がれてきたものの尊さを感じられるところです。インドでいま実際に先生とマンツーマンで歌を習ってるんですが、さらっと先生が歌い始めた新しいバンディシュ(曲)を聴きながら、このメロディーの奥には先生の先生がいて、その先にもまた先生の先生、何層ものファミリーツリーのように一対一の関係があったんだなあと想像するだけでもシビれます。この美しい連なりに入れてもらったことに対して自分はどういう礼儀が尽くせるのか緊張感をもって向き合いたい、と思います。NFTの面白いところは逆にそこがミステリーではなく、誰がつくり、誰が買い、誰に売られ、それをまた誰が買い、と、自分のところにたどり着くまでの情報が明かされているところですよね。どちらにしてもそこに価値が見出される。
──音楽において音自体は物体化していないからこそ、様々な形式で価値をつけたり感じられるのかもしれないですね。NFTがある種のアートの民主化を担っているとしたら、今後のどのように発展していくと思いますか?
清水 今年のスーパーボウルを見ると、スヌープ・ドッグが歌っているステージの室内っぽいところの壁に飾ってある絵がNFT作品にも見えるようなデジタルアートだったりした。そういうふうに、家のなかでも気軽に楽しめるパネルが普及していくのかなと考えています。
コムアイ でもさ、それって何を飾るんだろうね。もちろんなんでもいいってわけじゃないよね。感覚的には、友達のホームパーティに行ってプロジェクターで映される映画と近い感覚で、結局その人が今日来るゲストにこれを見てもらいたいと思ってる気持ちが大切なのは変わらないのかな。
村田 そのうち、セレクトショップみたいにコレクションしたNFT作品を家に飾るようにレンタルするビジネスとかも出てきそう。
清水 そうなってくると、所有ではなくなってくるから、どういうふうにアーティストに還元されるのか気になるところだよね。
──今後、HYPER TREE GALLERYはどのように展開されていく予定ですか?
村田 今後Instagramでますます気軽にNFT作品が販売できる環境になるからこそ、今回の仕組みをベースにしながら、次はアクションを現実世界でも可視化できるものにしたいなと思いました。仮想的な世界だけで完結すると、寄付しても何百〜何万本の木を植えたと聞いてもやっぱり簡単に想像できないような気がしていて。
清水 そうだね。作品購入して寄付する仕組み以上に、今後はどのくらいのインパクトがあったのか可視化したいなと僕も考えてます。でも、そうなるとDiscordでコミュニティマネージメントしたり計画的に運用するために、少なくともいまより2倍のチームメンバーが必要になってくるね。テゾスの担当者と最近意見交換する機会があって、今後の展開についてアイデアを話したら、プロモーションだけでも5000万円以上は確保しなきゃいけないとアドバイスをもらって。でも、weMORIとしてはあくまでもNFTはひとつの手段なので、そこだけにとらわれず、活用できるプロジェクトを通して本来のポリシーである森林保護を目指していきたいです。
*1──Tezos公式サイトで「PoS vs. PoW」を参照。イーサリアムと比較すると0.00003パーセントのエネルギー消費、ビットコインと比較すると0.000007パーセントのエネルギー消費となる。参照:https://tezos.com/carbon/
*2──ビットコインのマイニングにかかる電力消費は、ノルウェーやウクライナといった中規模の国に相当する。参照:https://ccaf.io/cbeci/index/comparisons;https://media.moneyforward.com/galleries/2443?page=1
*3──2021年5月より中国ではビットコインのマイニング禁止の方針を打ち出し、今でも表向きには禁止されているままだ。しかしマイニングデータでみると、2021年9月からマイニングシェアの動きが見られ「地下マイニング」と呼ばれる中国国内の中小企業によるマイニングは続けられている。参考:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR17DQH0X10C22A5000000/;https://www.coindeskjapan.com/149491/