杉本博司と千住博が語り尽くす「古美術のすすめ」

東京美術倶楽部主宰の「東美特別展」にあわせ、杉本博司と千住博によるリモート「古美術」対談を実施。ロンドンギャラリー・田島整をあいだに挟み、濃密な対話が展開された。二人が語る、現代において古美術に触れる必要性とは?

文=山内宏泰

ロンドンギャラリーの田島整と杉本博司

古いものに触れることは表現者に必須

田島整(以下、田島) 恒例の「東美特別展」が今年も10月に開かれます。全国約500の美術商が加入する東京美術倶楽部主宰の催しで、今回は選ばれた65軒が出展します。同展が始まったのは1964年、最初の東京五輪のときでした。今年で60周年を迎えるので、おそらく日本最古のアートフェアです。

 もちろん作品の販売もしますが、「原点回帰」初めて開催した時の理念を引き継ぎ、日本およびアジアの美術品を海外に発信する機会であることも重視しています。また古美術だけでなく現代美術の作品も並ぶ本展では、今回対談されている千住博さんの作品も出品されます。

田島整
新生堂 千住博 「ウォーターフォール・オン・カラーズ」

千住博(以下、千住) 「東美特別展」は私自身、東京藝術大学の学生だった1970年代終わりごろから拝見しています。当初は、「生きてるあいだに自分の絵がここに並ぶことなんてあるだろうか......」と、ひたすら仰ぎ見る世界でした。80年代終わりから出品させていただけるようなりましたが、最初にお声がけいただいたときは、それはうれしかったですね。

 ただ同時に、出品するようになってすぐ、これほど厳しい舞台もほかにないと気づきました。それはそうでしょう。国宝・重文級の作品を日々見ている名だたる古美術商の方々が、「これは本来売りたくないのだが......」などと言いながら出してくる逸品と、見比べられてしまうのです。

東京で初めてのオリンピックが開催された1964年に始まった「東美特別展」

 そうした厳しい場で、自分の作品がどう見えるのか。類例のない仕事ができているか。伝統に則っているのかどうか。繰り返し確認したものです。その過程で、多くの古美術商の方々に知っていただき、励ましていただきました。東京美術倶楽部と「東美特別展」は、私の人生を牽引してきてくれた舞台です。

千住博 撮影=森康志

杉本博司(以下、杉本) もちろん私も、東美特別展のことはかねてから知っています。1979年から15年ほど、私は古美術商を営んでいました。その世界にいるかぎり「東美特別展」は、ぜひ見ておかなくてはならぬものでした。

 最初に観たのは80年代初頭のこと。当時の私にはとうてい買えない品々が並び、たいへん感銘を受けました。木造二階建て、千鳥破風の建物も印象的でしたが、これはバブル期にビルへと建て替えられてしまった。新橋の一等地ですから放っておけなかったのでしょうが、古美術商団体が貴重な建築を壊すとは何事か! そう抗議しましたが、後の祭りでした。

田島 そのとき建てた東京美術倶楽部ビルディングが、現存のものです。「東美特別展」もそのビル内で開かれます。

杉本が指差すのがいまはなき初代・東京美術倶楽部の建物

杉本 古美術商と作品制作を同時並行で進めているうち、作品が売れるようになってきたので、制作に時間を割くこととし、古美術商はきっぱりやめました。それでも古美術購入はやめられず、気づけばコレクターとなっていました。古いもの、美しいものを手に入れたときのよろこびは、ほかに代え難いものがあります。うれしい気持ちが収まらず、枕元に置いて寝ることだってあります。

 また古美術には、大事な使い道もあります。それら古いものと自分の作品を、床の間などに並べて掛けてみるのです。古いものに対して勝てないまでも、並べても恥ずかしくないものになっているかどうか、チェックします。古美術を自作の評価基準として用いているわけです。

杉本博司

 そのためにも、いいものを集めて手元に留めておく必要があります。かつての大家である前田青邨、安田靫彦、小林古径、橋本関雪といった諸先生方も皆、やはり古いものを所有していたものです。

 前田青邨所有の十一面観音は、ご本人の手を離れたあと白洲正子さんが入手し、いまは私のところにあります。安田靫彦の箱書き付き良寛の軸もうちにあります。橋本関雪邸の庭にあった五輪塔も、ひとつ来ています。それらを私は、先生方から大切に引き継いだつもりでいます。

千住 いいものを手元に置くというのは、いい仕事をするために大事なことです。明治時代あたりまでは、伊藤博文や井上馨ら政治家も、よくコレクションをしていたものですね。

杉本 時代は下りますが、小林秀雄や川端康成ら文人もそうですね。知的な階層の者であれば、骨董のなんたるかくらいは知っておかねばならない社会だった。そういう価値観はいまや崩れつつありますが。

松森美術 川喜田半泥子 茶碗「時雨」

編集部

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