杉本博司と千住博が語り尽くす「古美術のすすめ」【2/3ページ】

これからのアートは「掛け軸化」していく

千住 古いものを集め、自作と見比べるだけに留まらず、杉本さんは作品内で過去と現在を融合させておられますね。写真を掛け軸に仕立てているのを拝見して、感銘を受けました。

杉本 そうですね、私の場合は古美術を、いろんなかたちで用いています。未来に向かうよりも、過去に足を向けるのが好きな、根っからのアナログ人間ですので。最近は写真が和紙に刷れるようにもなって、どんどん「掛け軸化」へと進んでいます。

 掛け軸という形式は、東洋の美術の大きい特徴のひとつです。日本の流儀では、作品を掛けっぱなしにするのはいけないとされます。季節によって、また客人によって、つど掛け替えていく。ひとりの客人に同じものが掛かっているのを見せるのは、基本的には失礼にあたります。

ロンドンギャラリーの展示風景

千住 日本に渡ってきて、さらに発展したおもしろい文化ですよね。掛け軸は出しっぱなしだと傷むので掛け替えざるを得ないのもたしかですが、いっぽうで「一期一会」をかたちに表したものとも言えます。茶会ではこれが最初で最後だという体験を、毎回お客様にしていただく、自分自身もそのように日々生きるなかに刹那の美を見出す。それを本当の豊かさとみなすのが日本文化の核心です。

杉本 掛け軸方式はこれからますます世界に浸透していくんじゃないでしょうか。使わないときは巻いて箱にしまっておけるので保管・管理もしやすいですし。

 私は設計を依頼されたときには、国内外を問わず床の間風のスペースを必ずつくります。ここに好きなものを取っ替え引っ替え掛けて楽しんでくださいと、ご提案するのです。床の間を世界共通語にしていきたいですね。

千住 私も近年、古いものと自作を合わせる実践をしています。自分の絵に、蒐集している江戸時代の裂地で表具をして、掛け軸に仕立てているのです。今回の特別展でも、その掛け軸を一幅出しています。来年にはこのシリーズをまとめて観ていただく機会を設ける予定です。

制作中の千住博

杉本 江戸時代の裂地は、草木染めなど自然素材そのものの色が多いですね。千住さんは岩絵具をお使いですから、自然由来のもの同士で非常に相性がよいことでしょう。

千住 はい、親和性が高いと感じています。さらに言えば、岩絵具には岩絵具の素材感があり、表具の裂地にも「つるつる」「ざっくり」といった素材の味わいがあります。それらを存分に楽しみたいという気持ちは強いです。

 デジタル技術中心の「新しい文明」に欠けているものの代表格、それが古美術の持つ素材感です。コロナ禍を経てさらにデジタル化が急進展したいま、素材感をはじめとするデジタルで表せないものを請け負いカバーしていくのが、アートの役割になっていくんじゃないでしょうか。

古美術 藪本 尾形乾山「定家詠十二ヶ月和歌花鳥図・二月」

杉本 同感です。デジタルやAIでアートが完結するようでは、もう文明も終わりではないか。先日も行きつけのラーメン屋に行くと、席にタッチパネルが置いてあって、それで注文するようになってました。味気ないことこのうえないですね。

 これからデジタル化が進むことによって、古美術の価値はいや増し、見直されていくと思います。ましてや日本の古美術のレベルは、世界の美術市場のなかに置いても、とてつもない高水準です。ただ、それをちゃんと見てわかり、感じることのできる人が多くないのは問題です。

 例えばギリシア・ローマ時代や、古代中国の壺には市場で高い値がつきます。対してきれいに釉薬がかかった平安時代の須恵器は、質的に負けていないのに値段がずいぶん安い。そのぶん狙い目とも言えますが、日本の古美術は本来もっと評価されていいものですよ。

杉本博司

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