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2024.2.25

親子で振り返る0歳からの美術鑑賞。一緒だからこそ感じられた美術の「楽しさ」

息子が0歳の頃より、ともに美術館やギャラリーを訪れ、展覧会の感想をウェブ上で発信してきたSeina氏。当時のことを振り返ってもらうとともに、親子で美術館に行くとはどのようなことなのか、息子の勝氏とともに話を聞いた。

聞き手・構成=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

李禹煥美術館にて、勝氏 提供=Seina氏
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 各美術館やギャラリーが親子での鑑賞環境を整備するいっぽうで、子連れで展覧会に行くにはまだ多くのハードルがあることも事実だ。0歳の頃より息子とともに国内外の美術館やギャラリーを訪れ、展覧会の感想をnote等で発信してきたSeina氏に当時のことを振り返ってもらうとともに、親子で美術館に行くとはどのようなことなのか話を聞いた。また、息子の勝氏にも参加してもらい、当時感じていたことも話してもらった。

親子で美術館を訪れたきっかけ

──Seinaさんが最初に子連れで美術館を訪れようと思ったきかっけは何だったのでしょうか。

Seina 最初に子供を美術館に連れてこうと思った最初のきっかけは、ママ友付き合いが苦手だったからです。でも家にずっといるわけにもいかない、といったとても個人的な理由でした。0歳の子供を連れて映画館に行くのはもちろん無理ですし、買い物も欲しいものがなければ行くものでもないし、それなら美術館に行ってみようかな、と。

 もともと私自身が美術を見ることが好きで、月に1、2回は訪れていました。また、妊娠中に美術大学の公開講座を受けており、現代美術へと興味が向いていたのも大きな理由でした。それで初めて子供を連れて訪れたのが森美術館の「ビル・ヴィオラ:はつゆめ」展 (2006~07)でした。

──以降は継続的に勝さんとともに、美術館をめぐるようになったということですね。

Seina 「ビル・ヴィオラ」展が大丈夫ならほかにも色々と行けるのでは、と思うようになりました。観覧料が比較的安い常設展示や近所の美術館などを訪れるようになり、頻度も最初は1ヶ月に1回ほどだったのが、2週間に、1週間にといった具合に間隔が短く、場所が多くなっていったんです。

 さらに、ギャラリーにも足を運ぶようになりました。最初は事前に「ベビーカーですけど大丈夫ですか?」と伺い、大丈夫と言ってくれたギャラリーに伺ってみました。ギャラリーは作品を見るだけであれば無料なので、そうなるとさらに足を運ぶ頻度が高くなり、1週間に数箇所といったかたちになっていきました。

 ただ、あくまで現代美術の展覧会だったから可能だったことも多いと思います。混雑する西洋美術のブロックバスター展だと、ベビーカーは嫌がられるでしょうし、なにより私の趣向がそもそも日本美術と現代美術に寄っていたということは大きかったですね。

──当時、親子で美術館を訪れることに対して、周囲の反応はどのようなものだったのでしょうか。

Seina いまでこそ散見されるようになりましたが、15年ほど前はベビーカーの親子連れはほとんどいませんでした。ただ、それを美術館やギャラリーから注意されたことは一度もありませんでした。注意されるとしたら、ほかの来場者から。ベビーカーが邪魔だとか、子供を連れてくることは非常識だということを直接言われたことはありました。私たちは家族の都合で勝が8歳の時から東南アジアに転居したのですが、海外の美術館に子供を連れて行くと、そういった「変わったものを見る目」が少ないと感じたことも印象深いです。

台北市立美術館の「Lee Mingwei and His Relations: The Art of Participation」にて、勝氏 提供=Seina氏

──子供と美術館へ行くようになり、Seinaさんの美術への向き合い方は変化したのでしょうか?

Seina いちばん最初に感じたのは「(展覧会の作品を)全部見なくていいんだ」ということですよね。自分が楽しいと思えるポイントを見つけられれば、展覧会を見る目的は達成されているんだ、という気持ちになれたことは大きかったです。

 あとは当然ですが、子供の目線によって生まれる気づきですよね。たとえば陶磁の展示ですと、子供と「どんな食べ物をのせたら素敵か」なんて話をしながら見るのがとても楽しかったです。あとは書道作品の文字が尻切れに見えたりすると「途中でトイレに行きたくなったんじゃない?」なんて想像していたり。美術を理解しようとすることも大事ですけど、理解だけではない美術の楽しみ方があるのだということが実感できました。

子供の視点から振り返る親子での鑑賞

──ここで、現在はカナダの大学に通っている勝さんに、当時のお話を聞いてみたいと思います。親子で美術館に行くのは当時の勝さんにとってはどのような行事だったのでしょうか。

勝 ギャラリストと話したり、アーティストと話したり、たんに展示の内容だけではない思い出がたくさんありますね。0歳から母に連れて行ってもらっているので、当然最初の方の記憶はないのですが、習慣として当たり前だった感じで。週末や夕方に「あ、また行くんだ」といったところです。

 「展示を見たあとは、ここのラーメンを食べよう」なんてことも決めていましたし、美術館だけが目的ではなかったんですよね。「サッカーの練習のあと、ユニフォームのまま行っていいですか?」と母がギャラリーに事前に聞いて、ユニフォーム姿のままギャラリーのオープニングを訪れたりしました。

Seina 美術館だけが目的ではなく、日々の楽しみの一環だったんですよね。

──作品についても親子のあいだで色々な会話があったのでしょうね。

 そうですね。楽しげな作品なら「お母さん、これどう思う?」と僕から聞いて、会話が生まれていました。でも、すべての作品についてちゃんとコメントするとか、展覧会そのものについて語るとか、そういった「勉強」のような感じはありませんでした。自然と楽しいものについての言葉が出てくるというか。

──勝さんにとって、思い出深い展示はありますか?

 会田誠さんの「天才でごめんなさい」(2012〜13、森美術館)は思い出深いです。作品というより、作家としての姿勢が印象に残りました。アーティストトークで会田さんが、難しい話ではなく自分が思ったことやそのときの感情を素直に話してくれて、アーティストってこんな感じなんだって。

 だから、僕にとって美術館は作品以上にアーティストの話が実際に聞ける場所としての側面が大きかったです。子供にとって「こんな大人がいるんだ」というおもしろさですよね。

アーティスト・キュンチョメと勝氏 提供=Seina氏

Seina アーティストの方々も、彼のことを子供扱いしないで等身大で話をしてくれていたんだと思います。いち鑑賞者として扱ってくれることが、本人にとってはとても楽しいようでした。当時出会ったアーティストでも、例えば松田修くんとはいまでも仲が良いようです。

 松田くんが新宿でChim↑Pom「人間レストラン」(2018)で《人間の証明1》のパフォーマンスをやっていたときは、直接会いに行きました。面白かった!

Seina 現場では松田くんが鎖につながれているわけですよね(笑)。小学生だった勝も、松田くんが餓えて死なないためにはどうすればいいのか一生懸命考えて「レストランだから何か食べ物を売ることでお金が手に入るんじゃない?」という結論にいたり、ドライフルーツとか小分けの食べ物を持っていきました。松田くんが人間レストランで商売をはじめた、ひとつのきっかけだったのではないでしょうか。

アーティスト・松田修と勝氏 提供=Seina氏

美術にはそれぞれの楽しみ方がある

──いま、勝さんはカナダの大学でコンピューターサイエンスを学んでいるそうですが、美術館という場所がご自身に与えた影響はあるのでしょうか。

 具体的に美術館での経験がいまの自分の興味に関連している、というわけではないのですが、アーティストというおもしろい大人がいることを知ることができ、そして交流できた楽しい経験として自分のなかに息づいています。

 あと、当時はスマートフォンやデジタルカメラで自分で展示作品を撮ったりしていましたね。いま考えると、写真を撮る楽しみは興味としてつながっている気もします。

Seina ギャラリーの方も、彼のことを信頼してくれて自由に撮らせてくれましたね。そういえば、SCAI THE BATH HOUSEでの石川直樹さんの展示のときも、ギャラリーの方が彼と対面させてくれました。石川さんが自分の写真の解説を幼稚園児だった彼にしてくれて、彼も「(極地での撮影のときに)トイレはどうしているのか」なんて純粋な質問もしていました。アーティストのみなさん、彼をひとりの人間として接してくれていたんですよね。

──最後に、Seinaさんにこれから親子で美術を鑑賞しようと思う人たちに伝えたいことを教えてください。

Seina よく「教育のために美術館に子供を連れて行っていたんですか」と聞かれますが、そんな意識は親子ふたりともなくて、本当にただ楽しかったから行っていただけなんです。美術館ってそのくらい気軽に連れ行ける場所のはずですし、実際に15年前と比べれば日本の美術館は子供連れの鑑賞の環境作りに本当に努力していると思うんです。その美術館のがんばりに子供連れは便乗していいのではないでしょうか。あと、日本各地で開催される芸術祭は来場者に子供連れも想定してるので鑑賞のハードルは低いと思います。

 いっぽうで、子供連れが問題になるときはいつも観客からの要望ですよね。子供がうるさくて集中できない、といった要望に美術館も対応せざるを得ない。一番の要因は声をはじめとした鑑賞中の音が気になるということかもしれませんが、でも音声ガイドやイヤホンなどをすれば、気にせず見ることが出来ます。社会も含めて、他者のことをいちいち気にしないマインドをつくるということが大切だと思います。

 現在、勝は海外で大学生になり、また私はひとりで美術館を訪れるようになりましたが、来場している子供たちがどのように美術に触れているのか、彼らの鑑賞環境がどうなっているのか、といった目線で見るのも楽しみです。私たちの個人的な経験はたんなる一例です。皆さんそれぞれに美術を見ることを楽しむことを最優先にしてほしいです。

アーティスト・富田菜摘と勝氏 提供=Seina氏