親子で美術館を楽しもう!
片桐仁と次男・春太が
ポーラ美術館に行ってみた

現在、箱根のポーラ美術館では過去最大規模となる企画展「ポーラ美術館開館20周年記念展 モネからリヒターへ ― 新収蔵作品を中心に」が開催中だ。タイトルにある通り、従来のコレクションの代表作に新収蔵作品を加えたこの豪華な展覧会を、アーティスト活動でも知られる片桐仁とその息子・春太が一緒に訪問。親子でアート鑑賞を楽しむ様子をお届けする。案内役は本展を担当したキュレーターのひとりであるポーラ美術館学芸員・内呂博之。

文=浦島茂世 撮影=稲葉真

片桐 箱根の緑はきれいだな〜。ポーラ美術館は野外にも展示スペースがあるんですね!以前、取材で伺ったときは、印象派の美術館という印象を強く持ちました。

森の遊歩道には彫刻作品やサウンドインスタレーションなど多くの作品が展示されている

内呂 当館はポーラ創業家二代目、鈴木常司の印象派コレクションを主に2002年に開館しました。開館10周年を迎えた2012年から日本の近現代美術や世界の現代美術作品も増やし、この森の遊歩道も整備しました。これから見ていただく展覧会は、この10年の間に集めたコレクションを披露することも大きな目的のひとつなんですよ。

もちろん、自然もいっぱい

春太 カブトムシとかいないかなー。

片桐 こらこら〜、お話を聞きましょう。しかし、森の遊歩道は自然がいっぱいで、歩いている間に彫刻作品が見られるのは、子供も大人も楽しいですね。あ、あれも作品ですね。

遊歩道に設置されているロニ・ホーン《鳥葬(箱根)》(2017-2018)

春太 中はどうなっているの? 背伸びしないと見えないっ。

片桐 ふしぎな質感、ガラスですか?

内呂 鋳造したガラスを4ヶ月かけてゆっくりと冷やして作った作品です。そうすると、中は透明で、冷却時の収縮の関係で内側がわずかに凹み、雨などで水がその上にたまっているんです。

春太 水が中までたまっているように見える。

内呂 じつはこの作品、非常に重くて5トンもあるんです。そのままだと箱根の柔らかい土のなかにどんどん沈んでいってしまうんで、下に砂利を敷いているんですよ。

片桐 5トン! そんな作品を自然のなかで見られるのもおもしろいなあ。

内呂 それでは、「ポーラ美術館開館20周年記念展 モネからリヒターへ ― 新収蔵作品を中心に」へ参りましょう。モネからリヒターへといいながら、冒頭はルノワ……

春太 うわー、額縁が超豪華! めっちゃ分厚い。

ピエール・オーギュスト・ルノワール《レースの帽子の少女》(1891)は額の豪華さにも注目

片桐 え、見るのそこ!? たしかに言われてみれば豪華だけど……。

春太 木でできてるの凄い。

内呂 いくつかの木を組み合わせてつくっています。近頃はこういった額縁をつくれる人もいなくなったみたいですね。最初の部屋は、印象派からその先の20世紀初頭までの作品を集めています。

展示室1

春太 この額縁も豪華、ここの額縁もすごい。あの額縁は普通。

片桐 額縁じゃなくて、せっかくの機会なんだから絵を見ましょうよ〜。たとえば、ほらスーラの絵。近くから見ると点々だけど、遠くから見ると点々だった色が混ざって見えるんだよ。

ジョルジュ・スーラ グランカンの干潮 1884
スーラやシニャックなど、新印象派の画家たちの絵は、様々な距離で見ると色彩の見え方が大きく変化する
スーラをはじめ、モネやブーダンなどの作品も並ぶ

春太 本当だ!っていうかこの柱、超でかいXフライドポテトみたい。

片桐 ミニストップにあるやつ!? しかし言われてみると、確かにXフライドポテトに見えてきたな……。絵だけでなくて美術館全体もじっくり見てみたくなってきた。

内呂 ポーラ美術館は周囲の森に沈み込むように設計されていて、建物自体も見どころのひとつですね。ちなみに、絵画が時代を進むにつれ、周りを飾る額縁もまた変化していきます。日本の近現代の作品を見てみましょう、額縁すらもなくなっていきます。

片桐 日本の戦後美術の部屋、たしかにぜんぜん額がない。どう春太?

オノサト・トシノブ《作品B》(1961)を観るふたり
近くで見ると.....

片桐 近くで見ると絵具だよ。陣羽織みたいだ。

内呂 今回の展覧会ではオノサト・トシノブの作品を2点展示していますが、どちらも画面の密度がすごいですね。

片桐 遠くから見ると中央に丸があるようになっているよね。春太はどうしてだと思う?

春太 横の線と、縦の線がぎっしりつまっているんだけど、丸を描いている斜めの線もあるからかな?

片桐 よく見てみよう。絵の中央の丸の形で色が微妙に変わっていて、その境目が斜めの線に見えるけれど、線にはなっていないね。円に見える内側の線と、その外側の線もまた色が違うね。規則性があるようだね。

春太 外側の線のほうが濃い色かも。

片桐 でも、中のオレンジ色が同じだけで、線は同じ青色を使っているようにも見えるんだよな〜。この作品はシンプルなのに、ものすごく考えさせられますね。

菅井汲《太陽の森のパーキング》(1966)

片桐 これも不思議な絵だな。あれ? なにをやってるの?

角度を変えて見てみよう

春太 こうやって見ると、でこぼこが逆に見える。

片桐 え、そうなの?

片桐 たしかに、出っ張って見えるところが凹んで見えるぞ。次の作品はどう見える? まず、キャプションを見ないで、どんなタイトルをつけるか考えてみようよ。

堂本尚郎《連続の溶解》(1966)

春太 テレビ。

片桐 テレビ! なるほど、四角いものねえ。

春太 あと、クモの背中も見える。毒クモの背中の模様。

片桐 そうか、じゃあタイトルを見てみると……堂本尚郎《連続の溶解》(1966)だって。まったく理解できない難しいタイトルだな〜!! まあ、《無題》よりはマシだけどね。

春太 あ、金ヤスリの絵がある!

片桐 たしかに金ヤスリに見えるよね。これもじゃあ、タイトルを見ないで、自分なりにどんなタイトルなのか考えてみよう。

猪熊弦一郎《都市計画(オレンジNo.2》(1968)

春太 ピンセットと金ヤスリが合体してるのもある、曲がってるやつ。チャックもある。

片桐 なるほどなるほど、いろいろ見えてくるね。そしてこれ、近づいて見るときちんと筆で描いているんだよな〜。

内呂 片桐さんは春太さんの言葉を引き出すのが上手ですね〜。

春太 ロケットエンピツもある。

片桐 ロケットえんぴつ、令和の世界にも絶滅せずに生き残ってるんだね。じゃあ、タイトルを見てようか……《都市計画(オレンジNo.2》! んー、まあ言われてみればそうだな。さっきの《連続の溶解》よりは納得できるな。

内呂 抽象的なモチーフだと、何に見えるか人によって異なるから語り合うのが面白いですよね。続いては具体美術協会(具体)の作家など、より物質性を探求した作家たちの作品を見ていきましょう。

李禹煥《刻みより》(1972-1983)

片桐 木だ。木が彫ってある。

春太 遠くから見たら、ペタペタはるメモがたくさん貼ってあるのかと思った。

片桐 付せんのことだね。たしかに、付せんを貼りまくったボードにも見える。

内呂 6枚の板をノミで削って制作しています。

片桐 絵にも見えてしまうから不思議。

白髪一雄《泥錫》(1987)

片桐 これもまた凄い。どうやって描いてるんだ?

内呂 キャンバスを平置きにして、グレーの油絵具を置いて、足で描いてます。

片桐 なるほど、グレーの油絵具と白いキャンバスの間にある黄土色は、油絵具から漏れ出てきた油のシミなわけですね。

春太 こういうのやりたい。今日、なんかやらないの?

片桐 今日は見るだけだよ〜。家帰ってなんかやろうか。

内呂 作品を見て創造意欲が湧いてくる、聞いていてとてもうれしくなってきます。

春太 あ、うちにこれあるよ。

展示風景より、中西夏之《洗濯バサミは撹拌行動を主張する》(1963/1993) Photo (C)Ken KATO

片桐 洗濯バサミね、たしかに我が家にたくさんあるよね。しかしこの洗濯バサミ、かっこいいけど力が弱いんだよね。重たいものが止まらないんだ。

春太 穴もあいてる。

片桐 本当だ、面白いなー。しかし、《洗濯バサミは撹拌行動を主張する》って、『郵便配達は2度ベルを鳴らす』みたいなタイトルで……。

春太 Tがいっぱいだ。

片桐 え、もう移動してる。今度は何?

中西夏之 韻ーS 1960
左は中西夏之による立体作品《韻’63》(1962-1963)

片桐 なるほど、作品につけられた模様がTに見えるわけね。SFに出てきそうだね。どうやってつくっているのかな?

内呂 技法としてはステンシルですね。

春太 TTTTTTTT、あ、Iもある。ジュラシックパークに出てきそう。

片桐 こういうのって、技法はもちろんだけど値段も気になってきちゃうんだよなー。

内呂 さて、ここが現代美術の部屋になります。

展示風景より、ゲルハルト・リヒター《抽象絵画(649-2)》(1987)とクロード・モネ《睡蓮の池》(1899) Photo (C)Ken KATO
リヒターとモネを見比べられるのもこの展覧会のポイント

片桐 おお、リヒターだ。モネと並んで見られるなんて豪華だなー。春太、これどうやって描いてるかわかる? スキージっていう大きなヘラをつかって、横に引っ掻いて描いているんだよ。そうだ、せっかくなんで写真撮ろう。春太、ポーズポーズ!

会場では撮影も可能だ

片桐 そこでなんでしゃがむかなー。こっちもしゃがまないとリヒターが画角に入らないよ。

春太 じゃあ、今度は場所を変えて僕が撮る。

片桐 今日は特別にいろいろ撮影させてもらっているけど、ほかのお客様がいたらご迷惑にならないようにしような。

ふたりの間にあるのはドナルド・ジャッド《無題》(1962)

内呂 今日はめいいっぱい楽しんでいただけたようでよかったです。

片桐 外もとってもきれいでしたね。中の展覧会も面白かったです、春太は額や柱ばかり見てるから最初どうなるかと思ったけど、それなりに楽しんだようです。自分もすごく楽しめました、リヒターはやっぱり凄いね。今度はあらためて伺いたいと思います。

春太 さっき歩いた、森の遊歩道をもっと探検したいな。あとでまた見に行きたい!

三島喜美代のセラミック作品にも興味津々

*アーティスト・長場雄、女優・中条あやみがポーラ美術館を訪ねた記事はこちらから

編集部