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草間彌生の人生を追って。映画『草間彌生∞INFINITY』監督インタビュー

国内外で高い人気を集める草間彌生。そのアーティスト人生を追ったドキュメンタリー映画『草間彌生∞INFINITY』が、11月22日より渋谷PARCO8F WHITE CINE QUINTOほかにて全国ロードショーされる。制作期間14年という本作に監督が込めた想いとは? 来日した同作監督ヘザー・レンズに話を聞いた。

 

監督のヘザー・レンズと草間彌生 (C) Tokyo Lee Productions, Inc. Courtesy of Magnolia Pictures.

 草間彌生の人生を、本人のインタビューや記録映像、その才能を語る芸術関係者の声で追うドキュメンタリー映画『草間彌生∞INFINITY』が9月にアメリカで公開された。そして11月、リニューアル後の渋谷パルコに誕生するミニシアター「WHITE CINE QUINTO」のオープニング作品として日本初上映される。14年もの歳月をかけてつくられた本作に監督ヘザー・レンズが込めた想いとは? 来日した本人に話を聞いた。

──草間彌生は現在、日本だけでなく海外の美術館やメガ・ギャラリーで多数の個展を開催するなど、高い人気を集めています。なぜ草間彌生のドキュメンタリーをつくろうと思ったのでしょうか?

 私は大学時代に美術史とファインアートを専攻していたんです。当時、彫刻の授業で草間さんの「ソフトスカルプチャー」の写真を見たのが最初の出会いでした。地元の美術館にたまたま所蔵品として同じ「ソフトスカルプチャー」シリーズの作品があって、実物を見に行ったんです。興味を抱いてもっと知ろうとカタログを探しても、当時のアメリカではなんと彼女についてのカタログは1冊しか出版されていませんでした。そのとき、草間さんの美術界への貢献度がいかに正しく理解、認識がされていないかということをすごく感じました。

 その後、大学院で映画づくりを学んだのですが、「自分が草間さんに関する歴史を正さなければ」と思ったんです。そういう強い思いから製作をスタートしました

草間彌生 (C) Yayoi Kusama. Courtesy of David Zwirner, New York; Ota Fine Arts, Tokyo/Singapore/Shanghai; Victoria Miro, London; YAYOI KUSAMA Inc. 

──草間さんのカタログが1冊しかないという状況は、現在とまったく異なりますね。

 90年代初頭のことなんです。この作品は14年もかかった作品なので、その間に自分の若い時代がいつの間にか過ぎてしまいました(笑)。

──14年を草間さんに捧げたんですね。振り返ってみていかがですか?

 道程は本当に困難続きで、たくさんの壁がありました。想像している以上の困難、そして犠牲を払ったのです。

 撮影は2004年から始まったのですが、じつはその前から草間さんに関するリサーチは始めていたんです。だから厳密に言うと製作期間はもっと長いということになるかもしれません。

 最初はフィクションにしようと思って脚本も書いていました。ただ映画の場合、初監督作品で時代物となると制作費がすごくかかってしまう。その制作費を出してくれる人がいる可能性は本当にわずかか、あるいはまったくないと思ったのです。もちろん、草間さんがご存命なので自分の言葉で自分の人生について語ってほしいという思いも、ドキュメンタリーにした大きな理由です。

ヘザー・レンズ

 挑戦という意味では、本当にたくさんの壁がありました。例えば、映画を企画をしたらその企画に出資してもらうために説明をしなければいけない。そのときにまず、「草間さんが映画にするだけの価値のある題材であること」を説得しなければいけなかったんです。これが最初の大変な挑戦でした。草間さん自身が時代に先んじているアーティストであるのと同じで、草間さんを映画にしようというアイデア自体に──とくにアメリカでは──時代が追いついていなかった。「なぜ外国人の女性の映画をつくりたいんですか?」と聞かれたこともあります。私からすれば彼女の才能は一目瞭然。物語にも強い力があり、映画という意味では「金の卵」です。いろんな助成金に申請し、数年かがりで資金を得たことによって日本に行くことができたんです。

草間彌生 SONG OF A MANHATTAN SUICIDE ADDICT 2010-
Image (C) Yayoi Kusama. Courtesy David Zwirner, New York; Ota Fine Arts, Tokyo/Singapore/Shanghai; Victoria Miro, London/Venice; YAYOI KUSAMA Inc.

──14年という長い歳月のなかで、草間さんを取り巻く状況はドラマティックに変わりました。この変化について、監督はどのように見ていらっしゃいますか?

 こうなるとはまったく予測していませんでした。いまから思うと笑ってしまうんですけど、企画の立ち上げ当初は私が草間彌生さん──名声も注目も得るべき方、それもずいぶん前に得るべき方──の偉業に、この映画をきっかけに光を当てるんだ!と思っていたぐらいだったんですよ。

 でも映画をつくってる間に彼女の才能を認める人々がたくさん出てきて、キャリアもどんどん大きくなっていった。存命中に得るべき評価が得られなかったアーティストがたくさんいるなか、得られるべき評価、認知を得られたというのはすごく嬉しいです。ただ草間さんが展覧会のために世界中を飛び回られるようになったので、付いていくのに苦労はしましたが(笑)。

──いま草間さんがそのように世界的に人気である理由はなんだと思いますか?

 草間さんは「東を西に持っていって、東に西を持ち帰った」とよく言われますね。本当に国際的なアーティストの先駆けだったと思うんです。それに彼女は幅広い方にアピールするアートをつくり出している。絵画でありインスタレーションであり種類も多い。とくにインスタレーションが人気があるのは、セルフィーカルチャーと関係しているのかなと思います。

 もちろん彼女の歴史や直面してきた壁を知ってる人にとって、いまの状況を感慨深いものですが、例えばSNSでしか草間さんを知らない人にとってみれば、当然彼女の過去は全然知らないわけです。だからこの映画を通して知っていただけたら、興味深く思ってもらえるんじゃないでしょうか。

 加えて、彼女に関心を持った様々なキュレーターたちの尽力も、いまの成功に寄与してるんじゃないかと思います。例えば、私が最初に手にとったカタログの関係者のひとりであるアレクサンドラ・モンローさん(グッゲンハイム美術館上級キュレーター)や建畠晢さん(埼玉県立近代美術館および草間彌生美術館館長)。とくに建畠さんは彼女のキャリアがより盛り上がるように尽力した方でもありますから。

草間彌生 Infinity Mirrored Room-Love Forever 1966/1994
YAYOI KUSAMA, Le Consortium, Dijon, France, 2000. Image (C) Yayoi Kusama. Courtesy of David Zwirner, NewYork; Ota Fine Arts, Tokyo/Singapore/Shanghai; Victoria Miro, London; YAYOI KUSAMA Inc. 

──先ほど「SNSでしか草間さんを知らない人」という言葉がありましたが、今回の作品は草間さんの日本やニューヨークでの挫折についてもしっかりと描かれていますよね。そこは伝えたかったポイントでしょうか?

 もちろんそうです。いまでこそグローバルなスーパースターでいらっしゃるけれども、その道のりは長く厳しいものであって、彼女は「Underdog」(負け犬)のような存在だった。みくびられたり誤解されたりして、たくさんの壁があった。けれども粘り強く自分の夢を追い続けたところに私はインスピレーションを感じるのです。映画見る方にもそれを感じてほしいんです。

──実際、草間さんにお会いして、印象はどうでしたか?

 事前のリサーチなどで読んだ紙のインタビューやカタログでは、私が抱いていた質問の答えはほとんど見つけることができなかったんです。それを本人にぶつけることができた。しかもその答えを彼女自身が自分に向かって答えてくださったわけです。それは素晴らしい体験でした。

 お会いする前には日本語での自己紹介を学び、お辞儀の練習までしていたのですが、いざアトリエに着いてエレベーターのドアが開いたら赤いウィッグ、水玉のお洋服を着た彼女が手を伸ばして握手を求めてくれたうえに、英語で自己紹介なさってくれたんです(笑)。

 そのときに最初のインタビューを撮り、実際に作品をつくってるところも撮影することができました。「人生で一番幸せな日でした」と草間さんに申し上げたら草間さんの方も「私もよ」と言ってくださって、映像にもそれを収めてあるんです。すごくマジカルな一日でした。

『草間彌生∞INFINITY』より (C) Tokyo Lee Productions, Inc. Courtesy of Magnolia Pictures.

──草間彌生というアーティストを理解するためのポイントはどこにあるとお考えですか?

 鍵となるのは、「インターナショナル・アーティストの先駆けのひとりである」ということと、「つねに新しいものをつくりづつける姿勢」です。

 例えば「無限の網(インフィニティ・ネット)」シリーズはすごく高く評価されたわけですよね。ご存知のようにアーティストによっては、高評価を得たら同じようなものをずっとつくり続けてしまう人もいます。でも彼女はそうじゃない。つねに新しいものをつくり、つねに前に進み続けようとしています。

 絵画ひとつを取っても、例えばソファの上の壁に飾れるサイズのものであれば買い手がつくかもしれない。でも10メートルの絵画となると買える人はほとんどいません。ハプニングも同様で、インスタレーションだって買えるのは美術館くらいです。とくに初期のハプニングやインスタレーションは買い手がいなかった。でも草間さんはつねに新しいものを求めて前進し続けました。感服せざるを得ません。

《My Flower Bed》に横わたる草間彌生
Peter Moore, Photo of Yayoi Kusama with "My Flower Bed" in her NYC studio, c.1965 (C) 2018 Barbara Moore / Licensed by VAGA at Artists Rights Society (ARS), NY, Courtesy Paula Cooper Gallery, New York.

──監督は個人的に草間さんのどういう作品がお好きですか?

 草間さんが日本に戻った70年代につくられた詩的なコラージュ作品です。当時は本当にお金も何もなく、インクと紙と糊と雑誌といった安い素材で非常に詩的なコラージュをつくっていた。ニューヨーク時代だって道端に落ちているゴミを使ってそれで作品をつくり上げていらっしゃった。私はそういうところが好きですね。

──最後に、本作のタイトルを『草間彌生∞INFINITY』とした理由をお聞かせください。

 私にとって、アーティストの才能というのはその人が物理的にいなくなくなってもいつまでも生きていくものだと思うのです。だから「インフィニティ」なのです。

ヘザー・レンズ Courtesy of Magnolia Pictures.

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