前例のない大規模な企画公募
オリンピックはスポーツだけでなく、文化の祭典でもあることをご存知だろうか?
「オリンピック憲章」の中でも、スポーツと共に「文化プログラム」の開催が謳われており、前のオリンピック・パラリンピックが終わったときから4年間、次回開催都市では、「文化プログラム」と呼ばれる様々なイベントが行われる。東京都は、リオ大会が終了した翌日の2016年9月19日から「東京文化プログラム」を実施している。
2020年まで残り3年を切ったいま、「東京文化プログラム」のコアプロジェクトが発表された。それが、主として2020年4月から半年間にわたり実施する中核プログラムの「企画公募」だ。一般公募によって企画を募集し、その実施をアーツカウンシル東京と東京都が全面的にバックアップする。
まず注目したいのは事業規模だ。採択される1事業に与えられる事業費の限度額は数百万円から2億円とされている。採択予定件数は20~30件(予定)となっており、総事業費は約15億円を予定している。企画公募にこれだけの幅を持たせているのは前例がないことで、これだけを見てもアーツカウンシル東京と東京都が、いかにこの「企画公募」に注力しているのかがわかるだろう。
対象となる分野は音楽、演劇、舞踊、美術、写真、文学、メディア芸術(映像、マンガ、アニメ、ゲームなど)、伝統芸能、芸能、生活文化(茶道、華道、書道、食文化など)、ファッション、建築、特定のジャンルにとらわれない芸術活動(複合)など、あらゆる芸術活動。「インパクトある芸術創造」「あらゆる人々が参加できる」「アートの可能性を拡げる」の3つに重点を置いた企画を募集する。
プラン実現に規制緩和の可能性も
なぜアーツカウンシル東京と東京都は、ここまで思い切った企画公募を実施するのだろうか? アーツカウンシル東京機構長の三好勝則は、この企画公募についてこう語る。「もともと、東京都では芸術文化をまちづくりにおける重要な政策の柱としてきました。東京2020大会誘致の際は、スポーツのことはもちろん、東京は芸術文化の街であることをアピールして招致活動を展開してきました。これがまず前提となります」。
「これまでアーツカウンシル東京は助成など様々な支援を行ってきましたが、それだけではできないような企画もあると思います。だからこれまでにはない新しい企画を募集しよう、というのが今回の趣旨です」。
通常の助成事業では、たとえば異なる施設や団体と組んでプロジェクトをやろうとしても、アプローチの面でハードルが高く、断念せざるをえないといったケースも多分にあるという。そこでこの企画公募では、「新しい領域とつながりたい」あるいは「自分たちの活動の枠の中ではできないことをしたい」というチャレンジングなプロジェクトを募る。
「せっかく東京都がやるんですから、普段はできないような場所や方法を用いた展示など、必要であれば一時的に規制を緩和するようにもしたいですね。これまで実現することが難しかったことを、アーツカウンシル東京や東京都のような公的機関が企画をサポートすることで可能にしていく。そのようなことも想定しています」。
制作サポートのシステムにも注目したい。通常の助成事業では、実施に向けては応募者が独自でプランを実行していくが、今回は必要に応じてアーツカウンシル東京が制作過程においてもアドバイスやサポートを行うことを想定しており、ただ制作を委託するだけではなく、企画を通して人材やシステムの新たな成長を促すのも、この事業の狙いだ。例えば、採択者が他のアーティストや企業、団体とコラボレーションを希望する場合、(ジャンルの枠を超えた)交渉先を提案し、その交渉のテーブルを準備するなど「公正な調整役」として仲介したり、若手アーティストがこれまで経験したことのない規模のプロジェクトを動かしていく際のオペレーションに関するアドバイスや、サポート人材のマッチングなどを行うことも想定されている。これは応募者にとって大きなメリットになるだろう。
「いままでのやり方ではできなかったこと、やりたいけれどもどこに相談したらいいのかわからなかったことをここではやりましょう、ということです。現実的には難しいと思われていたことも、我々とやれば実現するかもしれない」。
では、具体的な応募者像についてどのように想定しているのだろうか。
「もちろん応募自体は誰でも可能です。いろんな人に応募してもらいたい。ただ、先ほどから申し上げているような『制約』を一番感じているのは若手アーティストだと思います。ネットワークをつくるにしてもまずは経験値が必要ですが、我々がサポートすることで、その経験値を積むことができるでしょう。そういう意味でも、若手にとってはよりメリットがあるのではないでしょうか」。
若手にチャンスを
オリンピックに付随した事業では、「レガシー(遺産)」という言葉がよく聞かれる。今回の企画公募も、レガシーとして作品を残していきたいのだろうか? 三好はこう説明する。
「2020年の後にも続いていく人材やシステムをこの企画公募で残したいんです。レガシーをカルチュラル・オリンピアードの中でつくっていくとすれば、それは作品そのものだけではありません。それぞれの作品やプロジェクトができた背景や、新しいやり方など仕組みの部分がオリンピック・レガシーなのです。目に見える遺産だけがレガシーなのではない」。
「若手にチャンスを与えたい。若手アーティストの中には、大きなプロジェクトをゼロから企画し運営していく、ということをやりたくてもなかなかやれない環境にいる人がたくさんいます。今回の企画公募の制度を逆に利用して、ジャンプアップするいい機会にしてほしいですね」。
上述の通り、今回1事業に与えられる事業費の限度額は数百万円から2億円と大きな幅が設けられている。ここにも意味はあるという。「一律の額にしてしまうと、やれることが逆に限られてしまう。もし仮に2億と決めてしまえば、その規模をマネジメントできる人間でないと応募できなくなってしまいます。自分たちのマネジメントできる範囲をそれぞれで決めて、やりたいことをまず優先的に考えてほしいんです。お金ありきではない」。
「いま東京を離れているアーティストたちにも、東京でトライしてほしいし、チャレンジングなアーティストを求めています」と語る三好。世界中の目が東京に集中する2020年。アーティストたちにとっても、これまでできなかったことを実現する大きなチャンスとなりそうだ。