ワイエスが映し出すもうひとつのアメリカ
──ワイエスの評価はアメリカでも分かれてきた部分があるようです。どのような背景があるのでしょうか。
高橋 アメリカでは国民的な人気があり、主要な美術館の多くで個展が開催されています。1970年代、もうひとりの「AW」といえるアンディ・ウォーホルが活躍していた頃、ワイエスは時代遅れの画家とも見られがちでした。新たな美術の開拓こそが正しいというモダニズムの風潮から外れているとみなされたからです。ワイエス本人もウォーホルや同時代の美術の動きについてはもちろんよく知っていました。それでも美術史上での評価を意識せず「自分は自分」「描くことが生きること」を貫いた人でした。
──いまワイエスの作品を見ることの価値、そして時代における意味はどんなところにあると考えていますか。
高橋 ぜひ実物を前にして確かめていただきたいのは、ワイエスの絵の物質感です。例えば水彩なら紙を引っかいたり剥がしたりという技法を使っています。ハイライトも白い絵具を使わずに、画面を引っかいて地の白で表現しています。画面の傷に頓着しなかった一面もあって、絵を平気で床に置いたので、作品に犬の足跡がついていたりもする。そういった画面上に刻まれた痕跡を楽しんでほしいです。
今回開催する展覧会では「境界」というテーマを掲げていますが、ワイエスにおける「境界」は、こちら側と向こう側を分けるものではないと考えています。窓が空間を切り離すものでもあり、同時に向こうとこちらをつなぐものでもあるように、ワイエスにとっては生と死も二元論的に分かれるものではありませんでした。日本にファンが多いのも、彼の作品の底流にある「死生観」や「無常観」といったものが、我々に伝わるからではないでしょうか。

また、建国250年の今年、アメリカが変容してしまったように感じられるこんな時代だからこそ、ワイエスを通じてアメリカの多様性にも触れてほしいと思います。多様な人々との関わりを通じて生と死を見つめたワイエスの作品は、現在我々の眼に入ってくる排他的なアメリカとは異なる一面を示しています。東京でワイエスの大規模な展覧会が開催されるのは2008年以来です。実物を見なければわからない画家でもあるので、この機会にぜひ足を運んでいただけたらと思います。



















