新たなアートセンターとしてのダウンタウン
ギャラリーの多くは、ウォーカー・ストリート、ホワイト・ストリート、ブロードウェイに集中しているが、すでに人気のエリアとあって、入居可能な物件は不足している。しかしトライベッカの周辺に目を向けると、北側にはソーホーが、東側にはチャイナタウンが広がっており、これらのエリアでもギャラリーは増加傾向だ。マンハッタン南部のギャラリー案内図「ダウンタウン・ギャラリー・マップ」には、トライベッカ周辺の90のギャラリーが紹介されている(2024年7/8月号)。マップへの掲載は有料なため、実数はさらに多いはずだ。
トライベッカの1ブロック北にあるウォースター・ストリートでも、近年ギャラリー件数が急増した。2年前にオープンしたYveYANGはそのひとつだ。契約を結んだ当初、この通りにあったのはジェフリー・ダイチだけだったが、間もなく隣にリチャード・ビーバー・ギャラリーが入居し、さらに美術系NPOカナル・プロジェクトも開館した。「この場所を選んでよかった」とオーナーのイヴ・ヤンは語る。「ソーホーは、80年代〜90年代のアートシーンの中心地でした。ポーラ・クーパーやデイヴィッド・ツヴィルナーもこの地からビジネスをスタートしたのです」。時代が巡り、原点回帰のサイクルに入ってきているととらえることもできる。ヤンは、現在この一帯には200から300のギャラリーが存在すると見ている。
YveYANGの入る建物は、1884年に建てられたもので、当初はミシン工場として使われていた。手前のスペースは白塗りのギャラリー然とした空間に仕立て、奥は元の内装を活かし、140年前に設置された工業用の扇風機もそのまま残している。
この場所の利点は、ギャラリー巡りをする人だけでなく、ソーホーの散策がてら流れてくる人もいることだとヤンはいう。「アートに関心がなくても、当ギャラリーに気づいて入ってきてくれる人が多くいます。ギャラリーは気軽に入れる場所なのだと知ってもらういい機会になります」。
ブロードウェイから1ブロック東のラファイエット・ストリートのビル内に昨年オープンしたRAINRAINのオーナー、レイン・ルーは、ギャラリーが集結するエリアにこだわり、この場所にたどり着いた。アクセスのよさは重要だったが、戦略として地上階ではなく2階を選んだ。「お客さまはこのギャラリーの存在をあらかじめ知ってないと、ここまで足を運びません」。つまり、真剣度が高い来客が期待できることを意味する。同様の理由からビル内のスペースを好むギャラリーは多く、適した物件が存在するのもこのエリアの強みだろう。ギャラリー巡りをする人々に加え、アートアドバイザーやコレクターなども訪れ、手応えを感じているとルーはいう。
この場所にオープンして1年未満という短い間にも、すでにルーは様々な変化を目にした。トライベッカの隆盛が話題を呼ぶいっぽうで、閉業するギャラリーも相次いでおり、依然として厳しい競争が続く業界であることには変わりないとルーは語る。ただしこの一帯が急成長しているのは確かで、「エリア規模は徒歩で無理なく回れる範囲だが、すべての展示を1日でカバーするのは無理だろう」という。「大中小様々なギャラリーのほかに、アーティストスペースも存在し、バラエティに富んだプログラムを一望することができるのがこのエリアの魅力です。もちろん最終的には作品を売るのが重要ですが、いまはアートを楽しもうという気風があり、活気に満ちています。」
チェルシーを離れる動きが、トライベッカを志向する流れへと変化したことは重要なポイントだろう。チェルシーが美術市場に大きな影響を与えたように、アートの新たな拠点として、トライベッカが今後どのように進化していくのか、その動向に注目したい。